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「風雲児たち幕末編」30巻 遣欧使節団の描写を通じて、当時の日本と列強の国力差を感じ取ってみよう

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この巻のメイントピックは「吉田東洋暗殺事件」ですね土佐藩が急速に勤王派になっていく様子が描かれています。


ここらへんで一度流れを振り返っておきましょう。


勤王派の動きはリーダー的存在が目まぐるしく変わります

「まず水戸藩が突出
 →桜田門外の変の頃は薩摩と水戸がリード
 →水戸藩は幕府を怒らせて急ブレーキ。リーダーではなく兵隊化。
 →薩摩も島津久光がブレーキをかけた。
 →かわって長州藩が一気にトップに躍り出る
 →負けじと土佐藩が追いかける
 →島津久光の上洛の際に再び薩摩が盛り上がる(清河八郎が扇動)
 →寺田屋事件で薩摩がまた失望される」

という感じに目まぐるしく変化していきます。

すごいデッドヒートなんですね。

これを単に「薩長土肥」という言葉だけでわかったつもりになるのはとてももったいないです。そもそも肥前(佐賀県)はどちらかというと幕府からは距離を取っていましたが決して勤王を掲げてはいませんでした。


というわけで、このあたりまでは「長州無双(全部失敗)」であり薩摩は脱藩者が長州の動きに参加したが、島津久光が阻止したという流れが「寺田屋事件」ということになります。

寺田屋事件(一回目の方。二回目は新選組が切り込んだやつ)も、ただの事件としてではなくこういう流れを理解するともう二度と忘れないのではないでしょうか。

その他、31巻で描かれた「遣欧使節団」の前半部分も描かれます。



1:島津久光が勅使護衛・勅使補佐の形で江戸へ向かう

・なおこの際に島津久光は西郷隆盛を死刑にしようとしていた

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