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「マルチバース」から「メタバース」へ: 『インバース』誌の『ワンダヴィジョン』関連記事紹介

また『ワンダヴィジョン』か,と思われるかもしれませんが,まだまだネタは尽きない当作品.当然ながら,日本だけでなく海外でも様々な媒体で取り上げられ話題沸騰の様相を呈しています.

本日は,その中から以下の記事を紹介しつつ,私なりの解釈を提示してみたいと思います.当然ながら,『ワンダヴィジョン』の内容についての説明を含みますので,これから見ようと思われている方はご注意ください:

ニューヨークに基点を置くアメリカの Bustle Digital Group が刊行するオンライン雑誌,Inverse (以下『インバース』と呼びます) に掲載された記事です.『インバース』誌ではワンダヴィジョン特集も組まれていて,興味深い記事が目白押しです.機会があれば他の記事も紹介してみたいと思います.

『インバース』誌の記事紹介

この "With Ralph Bohner, 'WandaVision' achieved something we've never seen before" という記事では,シリーズ第5話ラストで登場したニセモノのピエトロ,通称「ニセトロ」("Fietro") の正体が「誰でもない」単なるウェストビューの住人,ラルフ・ボーナーという人物だったことに対して,極めて肯定的な評価が示されています.

該当箇所 (第4, 第5段落) を引用し,簡単に日本語に翻訳してみます ( [ ] で囲まれた部分は私が補った箇所で,太字も私によるものです):

He [= Fake Pietro] wasn’t plucked from the multiverse. He’s not magical in any way. [...] HE’S JUST RALPH, the “husband” Agatha was referencing throughout the entire series, more or less a mind-controlled puppet the entire time.

It’s a twist that very few WandaVision fans saw coming. And it's not that this was hard to predict because the twist itself was all that brilliant or complex. The brilliance lies in something much more meta: the way it used fans’ own expectations against them.
ニセトロはマルチバースからやってきたわけでもなく,魔術的なものとも全く無関係で,[...] ただ単に,ラルフという,アガサが劇中ずっと「夫」と呼んでいた人物に過ぎなかった.常に何らかのマインドコントロールをされた操り人形だったのだ.

『ワンダヴィジョン』視聴者でもこの展開が予測できたものはほとんどいないだろう.ただ,これが予測困難だったのは,この展開そのものが秀逸だったとか,複雑なものだったから,というわけではない.では何が秀逸だったのか? それはもっとずっとメタなもの,つまり,「そうではないに違いない」という視聴者の期待を利用するというやり方だ.

これは素晴らしい分析であり,私も完全に同意します.日本の考察者たちも言及していましたが,この作品は「週1話のペースで配信される」という仕組みと散りばめられた伏線やミスリードを利用し,「視聴者が毎週考察を楽しむに違いない」という前提で作られたものと言えるように思います.

ちなみに視聴者,考察者も含めた多重の「メタ」構造への言及としては,第4話配信後に撮影・配信された,以下の動画におけるジャガモンド斎藤さんの評価を挙げておきます.こちらも深く同意します:

「マルチバース」から「メタバース」へ

マルチバース世界観については,既に『ドクター・ストレンジ』の続編のサブタイトルが Multiverse of Madness であることが発表されていますし,『アべンジャーズ エンドゲーム』でもその世界が描かれていたと言っていいと思います.ただ『エンドゲーム』の段階では単に時間分岐したパラレルワールドという色合いが強く,全く別の「人物」が住む「別アース」のような世界を想定していたわけではないと思われます.

ニセトロのキャストがX-MEN シリーズでクイックシルバーを演じていたエヴァン・ピーターズだったことで,X-MEN の存在する別世界からやってきたのでは,という推測が飛び交ったわけですが,この場合は単なる時間分岐によって生まれる世界ではない,より大きく「異なった」世界を含むマルチバースということになるでしょう.

ひとまずニセトロの正体が判明したことで『ワンダヴィジョン』の作中ではその世界観は表現されなかったわけですが,『ワンダヴィジョン』はマルチバースという「ヨコ」の広がりではない,また別の「多重世界」の扉を開けたように思います.それは,「メタバース (meta-verse)」とでも呼ぶべき世界観です.

劇中劇としての,S.W.O.R.D. が監視していた「ワンダヴィジョン」,それを見るダーシーやウー,それを見る視聴者.あるいは,『ワンダヴィジョン』を見て考察する YouTuber たち,それを見る視聴者.このような多重の「メタ」な広がりを掌の上でコントロールする制作陣.

デッドプールのように第4の壁を超えて視聴者に直接語り掛けてくることはないが,「視聴者の期待」あるいは「考察とその考察に群がるメタ視聴者」の期待をもはや「前提」にしたドラマ作り.これは新たなフィクションの作り方であり,X-MEN シリーズや MCU のように極めて高い知名度を誇る作品群であるからこそ実現できるものと言えるように思います.

その意味でも,『ワンダヴィジョン』はドラマ史に残る名作であるように思うのです.

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