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マイケルやエリザベスの「エル」は神


エルとエロイム

 西欧の名前には「エル」という響きを持つ名前があります。ダニエル、ジョエル、ラファエル、ミカエル、サムエル、イスラエル…。
 この「エル」という響きを持つ名前は、旧約聖書によく出てくる、ユダヤ教及びキリスト教由来の名前です。そして、聖書の世界はメソポタミア、レバント地方あたりをベースとしているので、ヘブライ語及びその近辺の言語が名前の語源となっています。
 「エル」はセム語で「神」を意味する一般名詞またはウガリット神話の主神エルのことで、複数形は「エロイム」です。「エロイム エッサイム」という言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、その「エロイム」です。

大天使ミカエル

 それでは、エルを含む名前がどのような意味かを見てみましょう。
 まず、四大天使である、ミカエル、ガブリエル、ラファエル、ウリエルについてです。この中で人名として最も人気があるのは筆頭天使であるミカエルです。
 「ミカーエールMikhāʿēl」は、「誰が神に似ているか?」という疑問形で、「いや、神に似ている者などいない」という反語になっています。このミカエルは様々な言語で少しずつ発音が異なっています。
 英語では「マイケルMichael」です。
 マイケルという名前には、あまり知られていない特徴があります。まず、マイケルはアイルランド人に好まれた名前で、愛称に「ミックMick」「ミッキーMickey」があります。これは、アイルランド独立の英雄マイケル・コリンズ人気にあやかったためであり、多くのアイルランド人の名前がマイケルになりました。アメリカでは移民の名前がマイケルばかりだったため、アイルランドを代表的する名前として認識されるようになりました。
 さらに、「マイケル」は黒人に好まれた名前でもあります。マイケル・ジョーダンやマイケル・ジャクソン、マイク・タイソンなどがその例です。

 ドイツ語では「ミヒャエルMichael」です。童話作家ミヒャエル・エンデが知られています。
 フランス語では「ミッシェルMichel,Michelle」です。ビートルズの曲「ミッシェル」でよく知られており、またフランスの哲学者ミッシェル・フーコーもその例です。モン・サン・ミッシェルは「聖ミカエル山」と名付けられた修道院です。
 イタリア語では「ミケーレMichele」です。イタリア・ルネサンスの大芸術家ミケランジェロは、Michele+angelo「天使」でミカエル大天使を意味する名前です。
 スペイン語、ポルトガル語では「ミゲルMiguel」です。消臭力という製品のCMで歌を歌っていたスペインの少年ミゲルくんで聞き覚えがある名前かもしれません。
 ロシア語では「ミハイルMikhail」です。ミハイルは、ソ連崩壊時の大統領ミハイル・セルゲイエヴィッチ・ゴルバチョフで聞いたことがあるかもしれません。その他、オランダ語で「ミヒール」、ハンガリー語で「ミハーイ」、チェコ語で「ミハル」、ポーランド語で「ミハウ」です。バリエーションが多いものの、音からなんとなく元が「ミカエル」なんだろうな、という想像はつきますね。

ラファエル、ガブリエル、ウリエル

 「ラファーエールRephāʿēl」は、「神は癒やした」を意味し、「ガブリーエールGabhrīʿēl」は、「神の男」を意味します。「ウリエールUrîʿēl」は「神の炎」を意味します。
 ラファエルはイタリア語で「ラッファエッロRaffaello」です。ルネサンス期を代表する画家、ラファエロ・サンティで知られています。スペイン語では「ラファエルRafael」です。スペイン出身のプロテニス選手のラファエル・ナダル・パレラが有名です。
 ガブリエルには、ガビやギャビーという愛称があります。「進撃の巨人」に出てくるガビ・ブラウンは、マーレ在住のエルディア人という設定で、おそらくガブリエルの愛称からガビと名付けられているのでしょう。
 ウリエルはユダヤ教で大天使に数えられるものの、キリスト教では大天使に含まれないため、名付けにおいて他の大天使のような人気はないようです。

エリザベス、エリーザベト

 「エリザベスElizabeth」という名前はヘブライ語の「エリーシェヴァElīsebhaʿ」に由来しており、ēlī「神」+sebha「誓う」で神に誓うという意味です。エリーシェヴァはモーセの兄であるアーロンの妻として、また洗礼者ヨハネの母として聖書に名前がみえます。
 エリザベスという名前は、イギリスではエリザベス1世の登場により人気に火が着き、女性の4人に1人がエリザベスだった時代があったようです。どの子も名前がエリザベスになってしまったため、呼び分けるためにさまざまな愛称が生まれました。「イライザEliza」「リズLiz」「リサLisa」「エリサElisa」「ベスBeth」「ベティーBetty」「テティーTetty」「ティブTib」などです。「ジョジョの奇妙な冒険」第二部に出てきたリサリサ先生も、本名はエリザベスです。

 エリザベスは、ドイツ語では「エリーザベト」です。この名前はオーストリア・ハンガリー帝国の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の美貌の妻エリーザベトで有名です。シシィという愛称で呼ばれていました。
 スペイン語では「イサベルIsabel」「イサベラIsabela」、ポルトガル語では「イザベル」です。スペイン語男性名詞に対する単数形の定冠詞がel「エル」(エル・ニーニョのエル)なので、その部分が省略されました。イザベルという名前は割と耳馴染みがありますが、エリザベスと同じ名前です。

ヤハウェは神である

 キリスト教、ユダヤ教の神と言えば唯一神ヤハウェYHWHです。一方で、メソポタミアでは「エル」や「エロイム」は一神教に支配される前の一般名詞として複数の神が想定されている言葉で、GODと同じ意味です。
 「ヤハウェは神である」という言明は、「ヤハウェ(という唯一神)は、(一般に)神と呼ばれているそのものである」という意味になります。それを意味する名前として「ヨーエールYōʿēl」があります。
 旧約聖書の「ヨエル書」で知られる預言者ヨエルのギリシャ語、ラテン語音写「ヨーエールIōēl」から転訛した英語名は「ジョエルJoel」です。シンガー・ソングライターのビリー・ジョエルやフレンチレストランのジョエル・ロブションなどが知られています。Yひと文字でもヤハウェを表しており、ギリシャ語ではIとなります。それがラテン語に取り入れられ、さらに変化して現代ではJひと文字で神を表します。

 ヨーエールを前後逆にした名前に「エーリーヤーĒlīyāh」があります。旧約聖書の「列王紀」に登場する、預言者エリヤのギリシャ語、ラテン語音写「エリアースEliās」から転訛した英語名は「エリアスElias」です。
 エリヤのフランス語名「エリーElie」に指小辞-otがついたのが「エリオットEliot」です。日本で「リトル・ダンサー」という表題で公開された映画の原題、「ビリー・エリオットBilly Elliot」のエリオットで知られています。「ビリー・エリオット」はミュージカルでも人気の演題となっています。
 エリヤのロシア語名は「イリヤIlya」であり、イリヤの父称形は「イリイチIllich」です。「脱学校論」で有名な教育哲学者のイヴァン・イリイチの名前が知られているでしょうか。
 
 ところで、IがJに変わることを不思議に思うかもしれません。IがJに変化するのはヤコブの回でもありました。実は歴史的にJはIの異字体であり、もともと両者に区別はありませんでした。それが時代を経て両者が使い分けられるようになったのです。Jは「ジェイ」と英語風に読んでしまうと、Iとはまったく違うものと認識してしまうかもしれませんが、イタリア語(ラテン語)で「ユベントスJuventus」、ドイツ語で「ヨーゼフJosef」と読まれるようにユ=「イウ」、ヨ=「イオ」のように理解すれば、必ずしもJとIはかけ離れた音にはなっていないことが理解できるでしょう。

エホバとヤハウェ

 ここでもう一つ、エホバという神の名前を聞いたことがあるかと思います。「エホバの証人」のエホバですね。
 エホバとは何か?というと、実はYHWHのことです。ヘブライ語は子音だけで構成されるため、そのつづりだけでは正確な発音がわからず、かつてYHWHは「イェホヴァYehowah」と解されていましたが、今日では「ヤハウェ(ヤーウェ)Yahweh」と読むことでキリスト教世界ではほぼ見解が一致しています。なお、ユダヤ教徒は、読み方は失われて正確に読むことはできないものとしてこれに否定的です。

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