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ヨーロッパの名前の起源にはどのようなものがあるか?


キリスト教の影響による名前

 ヨーロッパの人名はバリエーションが豊富で、それをそのままカタカナで覚えようとすると種類がありすぎて混乱してしまいます。中にはそれを苦もなく覚えられる方もいますが、多くの人はそうではないでしょう。一方で語源や元の名前まで遡れば、同じ名前が形を変えて何度も出現していることが理解でき、ファーストネームのバリエーションは思っているほど多くないことに気づくでしょう。

 ヨーロッパの人名について、個別の名前の興味深い話はあるものの、まずはいくつかの特定のルーツがあることから抑えたいところです。発祥、言語が違うのでそれぞれの言語での意味があります。
 ヨーロッパはキリスト教社会なので、聖書の影響を強く受けています。キリスト教はユダヤ教の改革運動として始まったため、発祥はヘブライの地(カナンやパレスチナともいう)、からメソポタミア(meso「間」+potamós「川」+-iaで、川の間の土地、の意。現在のイラク)のあたりに根ざしています。旧約聖書はヘブライ語で意味を持つ名前が多くあります。例えば、ダビデは「愛される」を意味するヘブライ語です。アラム語に由来する名前もあります。
 新約聖書の時代になると、ヘブライの地はアレクサンドロス大王の残したヘレニズム世界の一部だった伝統から、コイネー(=共通)・ギリシャ語が使われます。新約聖書はコイネー・ギリシャ語で書かれており、名前の多くはヘブライ語またはギリシャ語起源です。例えば、ペテロはギリシャ語で「岩」を意味します。
 キリスト教がローマ帝国に受け入れられて広まると、カトリックの世界では布教者や殉教者などの聖人崇拝から、聖人にあやかった名前が多く生まれます。例えば、聖パトリキウスに由来する名前パトリックはラテン語由来で「貴族」を意味します。

 そのカトリックと袂を分かつ形で生まれたプロテスタントは教会支配から逃れ、原点回帰で聖書原理主義になり、教会や聖人を認めないため、聖書由来の名前が好まれるようになりました。特に北米に渡ったピューリタンと呼ばれる人たちがこれです。とは言えども、北米にはその後様々なルーツの人が多数移民しているので、多様な名前が混在しています。

ギリシャ語由来の名前

 一部、聖書由来の名前にも含まれているものの、ギリシャ神話などに根ざした名前も数多くあります。
 例えば、ジョージという名前は、ギリシャ語のゲオルギオスという名前に由来します。また、ぶどう酒と酩酊の神ディオニューソスから派生したデニスや、かつて大統領に立候補したヒラリーもギリシャ語に由来する名前です。また、一般につづりにth(θの転写)やph(φの転写)、ch(χの転写)、psy(ψの転写)が入っている英単語は概ねギリシャ語由来です。

ローマ由来の名前

 地中海帝国を築き上げたいにしえのローマの住人の名前は、ローマ神話やラテン語に由来しています。
 ローマ人の名前は個人名+氏族名+家族名で表され、このうち氏族名が一番大事なものとされていました。しかし、ローマでもキリスト教の浸透で洗礼名だけを名乗るようになり、ローマ式の名前は消えて行きました。アンソニーはよく聞く名前だと思いますが、ローマの氏族名アントニウスに由来する名前です。
 有名なユリウス・カエサルは、英語読みではジュリアス・シーザーとなります。ジュリアスという名前もシーザーという名前も聞いたことあると思います。ユリウス・カエサルの本名はガイウス・ユリウス・カエサルであり、個人名のガイウスを省略した名前で知られています。ユリウスは氏族名、カエサルは家族名です。

ケルト由来の名前

 「ケルトCelt」はギリシャ語の「ケルトイkeltoi」に由来していますが、その意味は不明です。石斧を意味するケルトceltという後期ラテン語由来の言葉は、これとは別語源です。
 ケルトは自称ではなく、イタリア北部、アルプス以北のガリアに住む異民族をまとめて呼んだ他称で、ギリシャ人は「ケルトイ」、ローマ人は「ガリ(ゴール)」と呼びました。ケルトはこのギリシャ人の呼び方に由来しています。ギリシャ人やローマ人からケルト(ガリ)人は異民族として認識されていました。もちろん、ガリアはガリ人の住む土地という意味です。
 ケルト由来の名前は、イギリス、アイルランド、北米に多く存在し、ケリー、ダグラス、コナー、ルーニー、レノン、モンロー、モルガンなどは聞いたことがあると思います。シャルル・ド・ゴールの「ゴールGaulle」もケルトという意味です。また、スコットランドのプロサッカーチームである「セルティックCeltic」FCは、「ケルト人の」という意味です。
 ケルトではないですが、スペインバスク地方に由来する名前も聞き馴染みがあります。レアル・マドリードのサッカー選手ルーカス・バスケスや元イングランド代表のサッカー選手だったポール・ジョン・ガスコインなどはバスク地方・バスク人を意味する名前です。

ゲルマン由来の名前

 ゲルマン人もローマ人による他称で、民族的に一つであったわけではなくライン川以東に住む、ガリア人とは特徴の異なる民族として認識されていました。
 ゲルマン人は、4世紀以降のゲルマン民族の大移動でヨーロッパ社会全体に浸透した結果、多くのゲルマン由来の名前があります。特にイギリスはアングロ・サクソンの国と認識されていますが、王家はノルマン・コンクエスト以降ノルマン人の伝統を引き継ぎ、ノルマン系の名前を今でも名乗っています。例えば、ウィリアム、ヘンリーなどは典型的なノルマン系の名前です。
 ゲルマン系の名前は北欧神話にちなむ名前が多くあります。

アラブ由来の名前

 近年では、西欧にアラブ圏からの移民が多くいるので、アラブ由来の名前で知っているものがあると思います。ジネディーヌ・ジダンやカリム・ベンゼマ、モハメド・サラーなどヨーロッパのサッカーリーグではアラビア語由来の名前の選手が多くプレーしています。
 歴史や政治に出てくる名前では、ハッサンは「ハンサム、良い」という意味で、フセインはハッサンの指小形であり同じ意味です。

本来は同じ名前

 本来同じ名前であるものが、各言語に伝えられるうちにまったく別の形になったものがあります。これがカタカナの名前のバリエーションを複雑にしている元凶といえるものです。各言語でほとんど形と音が変わらない名前もあれば、こんなにも違う響きになってしまうのか、という名前もあります。
 例えば、英語で「スティーブンSteven」という名前は、ギリシャ語で冠を意味するステファノスという名前に由来しています。聖書には「ステパノ」として登場する名前です。同じ名前が、ドイツ語ではシュテファン、フランス語ではエティエンヌ、イタリア語ではステファノ、スペイン語ではエステバンです。さらにロシア語ではステパーン、ハンガリー語ではイシュトヴァーン、チェコ語ではシュティパーンです。このように発音が異なり、一つ一つバラバラに覚えようとすると大変ですが、これらが同じ名前と知っていれば「ああ、ステパノのことね」とわかります。

その他

 オランダ系の名前でファン~という名前が多くあります。エトヴィン・ファン・デル・サール、マルコ・ファン・バステン、ルート・ファン・ニステルローイなどなど(私のあげる例は少し前のサッカー選手が多いです)。ファンの部分は「~出身の」という意味のオランダ語が、姓として定着したものです。
 イタリアのディ~、デル~は「~出身の」を意味します。例えば、レオナルド・ディカプリオなどの名前にみられます。ディカプリオDiCaplioの元の形はディ゠カプリオなのでカプリ島出身を意味します。またカプリは野生の雌ヤギという意味です。
 ○○の息子、という意味のものが固定化して姓になったものもたくさんあります。~ス、~セン、~ソン、~ヴィッチ、~ネン、~オフ、~ンコなど言語によって様々です。

 だいたいここまで抑えられれば、かなりの知識になります。
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