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『誰がために鐘は鳴る』を味わうためのスペイン内戦の背景

名作を読もう。

アーネスト・ヘミングウェイの長編小説『誰がために鐘は鳴る』はスペイン内戦を舞台にしており、アメリカ人のロバート・ジョーダンとゲリラ隊による橋梁爆破作戦の経過を主軸として語られる。

スペイン内戦は日本ではあまり知られていないため、『誰がために鐘は鳴る』に登場する内戦の背景が理解しづらいかもしれない。この記事では、作品を味わうための前提知識として、スペイン内戦の主要な事実をまとめてみた。歴史的背景を理解することで、ヘミングウェイの名作の深みをより一層感じ取ることができるはずだ。

スペイン内戦の時期

スペイン内戦は、1936年7月から1939年4月にかけてスペイン国内で展開された市民戦争である。ヨーロッパで第二次世界大戦が勃発するのは1939年9月1日であり、そのちょうど5ヶ月前の1939年4月1日に内戦は終結している。

第二次世界大戦に先立つこの内戦は、航空機や機械化された部隊を導入するなど、のちの紛争に影響を与える新たな恐ろしい武力紛争の形態をとった。これにより民間人が攻撃の対象となることが増え、戦争の性質が変わることになる。

対立構造

スペイン内戦の対立は主に共和派(農民・労働者・知識人)と保守派(右翼・地主・旧貴族・カトリック教会)の間で起こった。政治的には、「政権を担っていた共和国派」と「反乱軍の国民戦線」に大別される。国民戦線が全体主義に傾くにつれ、対立は「反ファシズム対ファシズム」というより明確な構図に発展していった。両陣営の具体的な勢力は次のとおり。

共和国派

スペイン人民戦線 + 国際旅団 + ソ連

1936年2月の総選挙で勝利したスペイン人民戦線は、社会主義連合政権を形成し、共和国政府の主要な支持基盤となった。この陣営は、共産党をはじめとする左翼政党に加え、反ファシズムという共通の目標を持つ自由主義勢力が合流している。

国際旅団には約35,000人の外国人義勇兵が参加し、彼らには無政府主義者や社会民主主義者など、多様な政治的背景を持つ者が含まれていた。『誰がために鐘は鳴る』の主人公、ロバート・ジョーダンはこの国際旅団に参加していたという設定である。

ソ連は反ファシズムの立場から共和国陣営に軍事支援を提供し、同時に共和国政府内での政治的影響力を拡大。これがのちに共和国陣営内で繰り広げられた粛清劇の一因となった。イギリス・フランスはファシズム勢力に対して宥和主義をとっており、第二次世界大戦の引き金となることを恐れて不干渉政策をとった。

国民戦線

ファランヘ党 + ドイツ・イタリア・ポルトガル

ファランヘ党は、スペインのファシスト政党である。1936年7月にスペイン陸軍の将軍グループがモロッコで人民戦線政府に対して軍事蜂起したとき、これに協力した。反乱軍内で声望を高めたフランシスコ・フランコは後に総統となり、彼の指導のもとでカトリック教会やその他の保守的な勢力が統合された。

ドイツ・イタリアは、共産主義の蔓延を阻止したいファシズム国家として国民戦線を支援した。輸送や物資供給で国民戦線を軍事的に支援した。ドイツによるゲルニカ空爆もこの内戦で行われ、のちにピカソが『ゲルニカ』という作品のなかでその凄惨さを伝えた。

パブロ・ピカソ『ゲルニカ』(引用:西洋絵画美術館

隣国であるポルトガルには人民戦線を敵視する独裁政権が成立しており、反乱軍に協力した。ドイツ軍がリスボン港からスペイン国土に物資を供給するなど、反乱軍側の兵站線として機能した。

地獄の内戦

共和国派は主に反ファシズムの共通目標によって結集されたが、その内部には多様な政治的意見が存在していた。内戦の経過とともに、各国は国際旅団を参戦させることをやめた。ソ連を含む一部の国は介入を続けたが、国際社会の支持は徐々に減退した。

どちらが勝っても地獄の内戦。結末は国民戦線の勝利。勝利した国民戦線はフランコを総統とする独裁体制を敷き、この体制はフランコが死去する1975年まで、実に36年もの長きに渡って君臨し続けた。フランコの死後、スペインは民主化への移行期に入り、政治的自由が徐々に回復されていく。

誰がために

『誰がために鐘は鳴る』の主人公は、国際旅団に参加したアメリカ人だ。これはヘミングウェイ本人の経験と重なる。主人公の上官にあたるゴルツは、ソ連から派遣されてきた司令官だ。さらに作品内では、敵軍のファシストへの憎悪や、実際に繰り広げられた教会への略奪行為、アナーキストとの摩擦など、共和国内に起こった軋轢についても細かく描かれている。

両陣営を知れば、これらの描写をリアリティをもって味わうことができる。この地獄の戦争で、いったい彼らはなんのために戦ったのか。誰のために、弔鐘は鳴り響くのか。この主題は歴史的背景を知るほどに深く、切実に心に響いてくる。スペイン内戦の知識は、ヘミングウェイのこの不朽の作品を、より豊かに、より深く味わう鍵となるだろう。


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