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獄中記⑨ 勉強の開始 極寒の日々

「不当な逮捕」が2件あり私は20歳となり、兵庫の事件で逆送され、刑事裁判にかけられることとなった。2件は不起訴となった。あとは裁判を待つだけだった。隙間風の激しい極寒の留置所で過ごした2020年12月から2021年1月。

これからの人生どうしよう・・・

私は前にも書いたように、自分の人生にとても悲観的になっていた。弁護士からは兵庫の事件を判例・司法の常識に当てはめると、2年6か月から3年、もしかすると3年半の実刑になる可能性が高いと言われていた。示談が済めば、執行猶予もあるが、必ずとは言えないと告げられていた。      まあ最初のポンコツ弁護士には6年と言われていたので少しは安心したが、例え3年で出て何しよう・・・。                   仲間には裏切られた部分もある。家族のことは裏切った。        何よりやりたいことがなかった。                    大きくベッドしなければ、低レバレッジならデイトレで食っていけるかもな・・・。それ以外に前向きな考えは出なかった。           しかし私の心の中のどこかでは、何かを探さないと!という声も聞こえていて、それで必死に本を読んだんだと思う。             

何もない日は1日3~4冊の小説を読んでいた。当時はまっていた、濱嘉之氏の小説には、高学歴なインテリ?ヤクザがたくさん登場する。       又、高学歴理系エリートが悪の世界に現れる(これはオウム真理教事件捜査をご本人が経験しているからかも知れない)。私は何となく「理系高学歴エリートのワル」に憧れた。(笑)

国立なら3年、私立なら1年半あれば、ゼロからでもそれなりの所、医学部や旧帝大の工学系に行けるんじゃないかと考えた。 受験の一番のハードルは英語だろう。幸い私は英語の読み書きが多少できるので、案外イケるのでは?と思い、弁護士に情報集めを依頼した。そして差し入れてもらったのが東進の「大学受験案内」だ。

志望校選びは買い物みたい  

私は世の中にこんなたくさん大学があるのか・・・とまず率直に驚いた。 私が目をつけたのは、横浜市立大学の医学部と筑波大学の医学部、東京大学の理科一類・二類(医学以外の理系)だ。東京圏の医学系の国立は調度いいところがない。工学系も東京大学か東工大だけど、東工大ってちょっとかわってそうだし・・・。と買い物のように色々悩み、この3つをピックアップした。3年あるし、勉強はやればできる、という謎の自信があったので、目標は高く持った。 

となると次は勉強を始めなくてはいかない。 高校では1日としてちゃんと勉強していないので、数学や理科(生物・化学・物理)はサッパリだ。中学のレベルすら怪しい。まずは「東大」と名のついた英単語帳と数学1A(1年生レベル)、化学基礎、生物基礎のテキストを差し入れしてもらい、2021年5月までに1年生レベルを終えよう!と自分に誓った。

突然の取り調べ

勉強を始めてからは時間の進み方が全然違った。1日にやる分を決めているので、とにかく時間に追われているのだ。留置所で勉強なんて考えもしなかったが、案外オススメである。 そんなやる気にあふれていたある日、突然朝から取り調べに出された。中川刑事だろうか?

出てみると目の前に全然知らない男が2人いた。私の中の何かが警報を鳴らしていた。部屋に入ると小柄で40代くらいの男が「山梨県警捜査一課の課の川村です。」と名乗った。  山梨県警??身に覚えがないわけではない。しかしどうして今更?しかもなぜ私のところに・・・?         「率直に言うと、T がしゃべっちゃってさ。しかも H もベラベラ言いふらしてるさ。うちの案件分かるな??」                  Tは私の兵庫での共犯者でもある。Hは知人だが、一緒に何かしたということはないので、何のことだかよく分からなかった。                         「分かりません。H?」 「おいおい(笑)すっとぼけは良くないさ。この件は検事からGOサインが出てるんだ。いずれ逮捕するし、起訴もする。まあでも被害がないに等しいから、示談されるとパイになっちゃうかもしれないけど」 「う~ん。逮捕されると言われても、何だか事実誤認しているようだし、しっくりきませんね」  「それじゃ、ヒント。立川の連中と山梨の連中を誘って、立川の連中をTに送らせただろ?」           

こういう時は最初は何もしゃべらないのに限る。囚人のジレンマの支配戦略は「仕返し」なのだ。 「山梨の連中?」 「そうだ。もうこれ以上とぼけるのは勘弁してくれよ。お前が人を集めてタタキの指示したろ?」    「は?タタキの指示?」 タタキとは強盗だ。そのような事実は全くない。「いいか。うち(県警)の上はお前が情報を入手して、お前が絵を描いていると思っている。けど、誰か上に指示されてやったんだろ?俺たちはそんなことは分かっている。けど、兵庫が主犯格じゃ、こっちもそうでしょってなっちまう。それは嫌だろ?」                     

こういった場面での緊張感というのは経験したことがないと分からないだろう。自分の身に覚えがないことを、あたかも真実のように話されるのはかなり怖い。 「Tを山梨に行かせたことはあります。けど知人に頼まれたから待ち合わせ場所を教えて、少し連絡をつないだだけで、山梨とか立川の連中って言われると、本当に何のことか分かりません。」          「え?」本当に驚いているようだった。とっさにカバンから紙を出して、私にかかっている強盗の疑いの事実を読み聞かせてきた。

それによると私が指示してHやTなどが強盗し、小銭程度のお金を盗んで逃げたとのこと。 「Tからはもう話聞いてきたんだ。」 Tはお前に言われて行ったと言っている。」 「じゃあHは?」 「それはまあ、いずれ分かるだろうから・・・。まだ聞いてないんだ。」               「おそらく私の知っている件でしょう。しかし、そちらの言っていることはずいぶん違っていますよ。」                     川村は上司に連絡すると言っていなくなった。             帰ってくると「じゃあ、今の範囲で一筆書いてくれ。嘘ついてるやつは紙に残したがらないんで、担保みたいなもんだ。」             白紙とペンが前に置かれた。                     

「いいか?私のやったこと。私は〇月〇日に知人にタタキをするからTを貸してくれ。と言われて、Tを車で山梨へ行かせました。」        私は書き途中で手を止め、 「タタキって聞いてないんですけど・・・」  「いい、いい。細かい所は。これが何か重要になるってことはない。」  私はこれを信じたが、刑事訴訟法や実務においては、これは証拠として使えるので、十分すぎるほど重要だ。

つまり嘘だった。

川村は3月末までに片づけたいと言って帰っていった。私はこの人に言葉にするのは難しいが、嫌な感覚を覚えた。                

つづく





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