幸福への扉 2

「さっきの資料よく出来ていたよ。ほとんど直すところは無かったんだけど、一部表現が分かりづらかった部分だけ書き換えておいた。午後の外回りはこれ持っていけばいいよ。」

会社の近くの行きつけのカフェに来ていた。週に二回はここを利用している。

「ありがとうございます。昨日かなり頑張ったんですよ。というかほとんど寝ないで作りました。」

表情が明るかったので気づかなかったが、よく見ると相田の目の下にはくっきりとくまが刻まれていた。

「確かによく見ると疲れた顔してんな。お疲れ様。この仕事に力入れていたんだな、お前。」

「そういうわけでも無いですけどね。」

「にしても徹夜とはよくやるよ。」

「そうですね、なんだか出来たんですよね。前は絶対に嫌だったんですけどね。」

「まあ、仕事だもんな。嫌でもやらなきゃいけない時もあることが分かったみたいだな。それも、成長だよ。」

「いや、それが、どちらかというとそんな嫌じゃなかったんですよね。」

「へえ。俺なら、鬱々としながらやるだろうけどな。」

「なんか、最近嫌だなと思うことが減ってきたんですよ。」

「そうなんだ。なんか最近良く聞くニュースみたいなこと言ってるな。」

「ああ、国民の幸福度がどんどん上がっているってやつですか?」

「そうそう。俺の暮らしは全然変わってないんだけどな。」

「僕の生活も変わってないですよ。相変わらず仕事は結構ハードだし、彼女もいないですしね。ただ、たしかになんだか最近悪くない気もしてます。」

「ふーん、まあ良いことだと思うよ。なんか心変わりすることとかあったのか?」

「さあ、でもそういえばこの前の出張。」

「沖縄に行ってきたやつか?」

「そうです、それ。あの時、支社の人たちがなんだかみんなニコニコしてたなぁ。仕事は正直こっちに勝るとも劣らないくらいハードに見えたんですけど。なんだか、幸せそうだったんですよね。県民性なのかなぁ。僕もその人たちに少し影響受けたんですかね?」

「そんなこともあるのかね。まあ、あんまり無理するなよ。営業うまくいくと良いな。資料はバッチリだから可能性あると思うよ。」

「ありがとうございます。頑張ってきますよ。そろそろ電車の時間なので僕はこのまま行きますね。」

「おう、頑張れよ。」

相田は残っていたコーヒーを飲み干すと、足早に店を出ていった。俺は、コートのポケットに入れてあった文庫を取り出して、読み始めた。休憩時間はあと30分ある。

夕方、相田はオフィスに嬉しそうな顔をして戻って来た。デスクに座ったのを見計らってチャットを送る。

「おう、なんだか嬉しそうだな?うまくいったのか?」

「いえ、駄目でした。あそこの会社は見込みなさそうですね。」

「え、そうなんだ。その割には嬉しそうだったな?」

「そうかもしれません。不思議ですね。」

「不思議ってお前。まあ、お疲れ。今日は早く帰って休んだら良いよ。」

「それがそうもいかないんですよ。いろいろ仕事が降ってきて。」

「そうか、お疲れ様だな。無理すんなよ。」

「ありがとうございます。でもやっぱり不思議と嫌じゃないんですよね。」

「なんだ、それ。」

相田とのチャットはそれで終わった。20時まで仕事を続け、パソコンの電源を落とした。机の上を少し片付け、家路に着く。ふと見ると、相田はまだデスクに座って仕事をしていた。いつも通り、疲れたサラリーマンが満載された電車に揺られて家に向かう。朝の通勤ラッシュほどではないもののこの時間もかなり人が多い。電車を降りて、家までの間にあるコンビニでハイボール缶とつまみを買う。

「はあ、疲れた。」

玄関のドアを開けた時、自然とつぶやいていた。服を着替え、テレビの前のソファーに座り、ハイボール缶を開けた。今日もようやく終わる。やはり俺の生活の幸福度は上がっていないようだ。

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第三話

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第一話



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