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自分へのご褒美は頑張りすぎてからじゃ遅い

これを書いている今は27日の夜なのだけど、今日はなんだか調子が悪い。

まず、朝起きられなかった。目は覚めているのに布団から出られない。

気力を振り絞って布団から出たのが9時過ぎ。すぐにパソコンに向かう。

今日は急ぎの原稿はない。noteの書き溜めがゼロになってしまったので、noteを書きためる予定だった。あと、先週からアトピーが悪化しているので、皮膚科に行く予定。

だけど。

noteを書きはじめたものの、まったく書けない。

なんていうか、書きたいことは決まってるのに、言葉が脳の中でツルツル滑る。思考が言語化できない。

というか、そもそも思考することができない。脳がフリーズしているのだ。

……こういう日、あるなぁ。

先週は取材が多かったし、昨日は急ぎの原稿を納品した。たぶん、その疲れが出たのだろう。

そこで、今日は休むことにした。

今までならこういうとき、書けなくてもパソコンにかじりついていた。今日みたいに脳がフリーズしてる日でも、一日中パソコンに向かっていればnote3記事くらいは書ける。

だけど、今日はすんなりと休むことを選択できた。「もしかしたら、そのほうが効率がいいのでは?」と思ったからだ。

無理やり書くと、翌日も調子の悪さを引きずる。しかも、そういうコンディションで書いた記事は、スキも少ないしSNSでもあまり拡散されない。

それならいっそ、書けない日を「書かない日」にしてばっちり休んだほうがいいのでは?

今週は、あとエッセイ3本とnoteを日数分書く予定だ。取材もある。

急がば回れで、今日休んでコンディション整えたほうが、今週のタスクが確実にこなせるかもしれない。

逆に、今無理すると、明日以降もこの調子が続いてタスクがこなせないかも……。

そう思い、今日は休みにした。

休むと決めて、昼までコタツでごろごろしていた。

昼過ぎになんとか起き出してシャワーを浴び、皮膚科へ。痒くてたまらないのも仕事に集中できない要因のひとつだから、薬をもらえてよかった。

その帰り、「ちょっと服でも見ていこうかな」と思った。

今の私は疲れている。ご褒美が必要だ。

とはいえ、経済的な余裕がないから服は買わない。だけど、好きなショップをのぞくだけでも息抜きになる。

ここ数ヶ月、お金だけじゃなく時間にも余裕がなくて、買わないものをぷらぷらと見て歩くことなんてなかったのだ。

私は、自分へのご褒美として、物ではなく「無為な時間」をあげることにした。

今日は休みだから、服を見て回ってもいいし、カフェでお茶してもいいし、TSUTAYAで漫画を借りまくってもいい。

どれも、すごくやりたい!

そして、思う。

休みの日にやりたいことが思い浮かぶうちは、まだ大丈夫。

過去に何度か、本当に疲れきってしまって、やりたいことがひとつも思い浮かばなくなったことがある。

そのときは、行きたい場所も、欲しいものも、食べたいものもなかった。

頑張っているときは「服欲しい」とか「漫画読みたい」と思っていたはずなのに、頑張りすぎて燃え尽きると、そういった小さな欲望がすべて消失している。

いつもそうだ。

頑張っている最中は「このくらい、ご褒美には値しない」と思い、褒美をとらせない。

いざ「褒美をとらせてもいいかな」と思えるほど頑張ったあとでは、もう死んだ目をして寝込んでいて、「褒美……? 別に、何も欲しくないです……」という心境になっている。

そんな経験から、「休息もご褒美も、頑張ってる最中に与えなきゃダメ。頑張りすぎて燃え尽きちゃってからじゃ遅い」と悟った。

ここ数年「自分の機嫌は自分でとる」言説をよく耳にするけど、自分の機嫌も他人の機嫌も、「手遅れ」ってあると思う。

すっかり愛想を尽かされてから慌てて彼女の機嫌をとっても関係が修復できないように、すっかり病んでから自分の機嫌をとっても遅い。

燃え尽きて病む前に、しっかり休んでご褒美あげて、自分の機嫌をとらなければいけない。

めんどくさいけど、しょうがないよなぁ。

さて、ご褒美タイムとして服を見て歩いていたのだけど、頭痛がしてきて家に帰った。

疲れのせいか、風邪でもひいてしまったのか……。

そして、今は布団の中でこれを書いている。

今日はご褒美といえるほどの時間は作れなかったけど、来週からも週に1度は、無為な時間を自分にプレゼントしようと思う。

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