たとえばこれが恋とは違っても

「私、ミスチルの中でこの曲が一番好き」

夫のiPhoneから『Everything(it's you)』が流れてきたからそう言うと、ハンドルを握る彼は前方を見たまま「そうなんだ」と言った。車窓の向こうはすっかり暗くなっている。

私は大きな声で歌う。熱唱しているつもりだけど、サイドミラーに映った自分の顔を見ると、まったく熱唱しているように見えない。

夫とカラオケに行ったとき、私が歌っている姿を動画で撮影されたことがある。あとでその動画を見ると、私は感情込めまくりで熱唱しているつもりだったのに、すごくあっさり淡々と歌っているように見えた。

「Kさんはさぁ、カラオケ行くとすごい熱唱するよね。私も100%の力で熱唱してるつもりなんだけど、動画で見ると、私の100%はKさんの50%だよね。私も100%を超えたら新しい自分に出会えるのかな」

「僕は毎回100%を超えて新しい自分に出会ってるんだよ」

夫が笑いながら言ったので、私も笑ってしまった。

そのときふと、「そういえば私はこの人が好きだったなぁ」と思った。

こういうふざけた言い回しとか、笑い方とか、熱唱してるときの顔とか。

そうだそうだ、思い出した。

ここのところすっかり忘れていたのだけど、私はこの人がけっこう好きだった。

先週、久しぶりに夫の運転する車に乗った。

夫と一緒にとあるレジャースポットに取材に行くことになり、費用と時間の面からレンタカーを借りたのだ。私は運転を忘れてしまったので、夫に運転してもらった。夫もペーパードライバーだけど、私よりはマシだ。

目的は取材だったけど、まるでドライブデートのようで楽しかった。

夫とは同じ家にいるけど、お互いに仕事をしているし、仕事以外の時間もそれぞれに本を読んだりしているからあまり話さない。

だけど、運転中はお互いにすることがないからいっぱい喋った。

『言の葉の庭』の音楽の演出って演劇的で好き嫌い別れるけど、『君の名は。』はずいぶん大衆向けになってたよね、とか。

広瀬香美って、歌詞に表れてる恋愛観の矮小さと歌唱力のギャップがいいよね、才能のバランスがおかしいところが魅力だよね、とか。

あらためて思ったのだけど、やっぱり友達の中で夫がいちばん気安い。

ここ半年ほど、夫のことを嫌いだと思うことが多かった。

ライターの仕事が増えるにつれて、あまり働かない夫に腹が立つようになったのだ。離婚を考えることもたびたびある。

けれど、私は不満を口に出さずに溜め込んでいる。彼を失うのがどうしようもなく怖い。離婚を考えるほど憎いのに矛盾しているのだけど、私は彼を失いたくない。

それは、愛情ではなく依存心だと思っていた。

だけど、それだけじゃなかった。私はやっぱり夫のことが好きなのだ。過去に体験したいくつかの恋愛のような激しさはなくても、好きの種類はどうあれ。

古いモデルのiPhoneから桜井さんの声が流れる。

愛すべき人よ 君に会いたい
例えばこれが恋とは違くても

たとえば私の気持ちがただの依存心であっても、私は、夫以外の人をここまで憎いと思わない。良くも悪くも、私の感情を揺さぶることができるのは彼だけなのだろう。

僕が落ちぶれたら 迷わず古い荷物を捨て
君は新しいドアを 開けて進めばいいんだよ

そんなこと言うなよ。一緒に先に進もうよ。

私たちの住む街に着き、今夜のおかずを買うためスーパーの駐車場に車を止めた。夫を車に残し、ひとりで店内に入る。

買い物をしながら、心の中で『Everything(it's you)』のサビを歌う。

何を犠牲にしても守るべきものがあるとして
僕にとって今君がそれにあたると思うんだよ

そうあってほしいし、私も彼のことをそう思いたいけれど、私たちはお互いに自分がいちばん大切だ。

だけどまぁ、それでも。

11年一緒にいるんだよな。





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