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「じゃないほう」の今はわからない

16歳のときにはじめて精神科に行き、薬を処方された。

治療は長引き、薬を飲まなくても生活できるようになったのは13年後。29歳のときだ。だけど、35歳のいまもメンタルの調子を崩しやすい。

で、よく精神科医療に否定的な人から「薬を飲まなかったらもっと早くに回復したんじゃないの?」と言われることがある。

それに対して、私は否定も肯定もしない。

わからないからだ。

16歳から薬を飲んだほうの私と、飲まなかったほうの私。

私が経験したのは「飲んだほう」だけで、「飲まなかったほう」は経験していないから、どっちが良かったのかはわからない。

もしパラレルワールドがあって、私が薬を飲まなかったほうの世界線を覗き見ることができたなら、今の私(飲んだほう)と比べることはできるだろう。

だけどSFじゃあるまいし、実際は「飲まなかったほうの私」の今を知ることはできないわけで。

「どっちが良かったのか」を議論し、仮に結論が出たとしても、その答え合わせは2019年現在の科学では不可能だ。だから、私はその議論に乗りたくない。

答えの出ない議論をすることそのものは、悪いことではないと思う。だけど、私はそれがあまり好きじゃない。どうせ答え合わせできない机上の空論なら、もっと現実から離れた無為なことを話したい。架空の名探偵の設定とか。

高校生のとき、幼なじみのミホが

「うちの母さん、何年も前から区民プールの水中ウォーキング通ってるのに全然痩せないさ~。水中ウォーキング、効果なくね!?」

と笑っていた。たしかに、ミホのママは昔からかなりふくよかだ。

それを聞いた私は、

「でもさ、もし水中ウォーキングやってなかったら体重増えてたかもしれないじゃん。現状維持できてるのは水中ウォーキングの効果かもよ」

と言った。ミホは目を丸くして「そーかも!」と笑う。

仮に、ミホママが水中ウォーキングを始めた数年前、70キロあったとして。

数年後にやっぱり70キロなら、痩せてはいないことになる。

だけど、もしも水中ウォーキングをしていなかったら、今頃80キロになっていたかもしれないわけで。

もちろん、「水中ウォーキングをしていなかったほうのミホママ」には会えないから本当のところはわからない。けれど、そういう可能性が考えられる以上、「水中ウォーキング効果ない」とは言えないかもよ、という話だ。


服薬についてあれこれ言われるたび、私はミホのこの話を思い出す。

薬の効果も、水中ウォーキングの効果も、「やらなかったほうの自分」に出会えないからわからない。

最近は服薬についてのたられば話を耳にするだけで、反射的にミホママがシンクロナイズドスイミングをしている映像が脳裏に浮かび、笑ってしまう。

いや、見たわけではないんだけどね。




あと3分何か読みたい気分の方はこちらをどうぞ。恋バナ、嫌いじゃない(むしろ好き)だけど、やたら照れてしまう。いい年して過剰に照れてる自分が恥ずかしい。


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