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ゲストハウスなんくる荘20 出発

あらすじ:那覇にあるゲストハウス・なんくる荘にやってきた26歳の未夏子。旅するように生きる彼女は、滞在日数を決めないままダラダラとなんくる荘に居つき、長期滞在者たちと打ち解けていく。ある日、地元にいる弟からLINEが届き、弟の結婚式のためにいったん実家に帰ることを決める。はたして未夏子はなんくる荘に戻るのか? そして、長期滞在仲間のアキバさんがなんくる荘をあとにした。アキバさんのことをもっと知りたかったと思う未夏子だが……。

前回まではこちらから読めます。

もう一生会うことはないだろうと思っていたアキバさんから、なんくる荘に手紙が届いた。ご丁寧に、一人一人に宛てた五通の手紙だ。

あたし宛の手紙を開く。

便箋に、ひらがなや漢字はひとつも書かれていなかった。書かれていたのは、メールアドレスと携帯番号だ。LINEではなくメールというところが、アキバさんらしい気がする。

「ミカコちゃん、なんて書いてあった?」

まどかちゃんが嬉しそうに聞く。

「……まどかちゃんは?」

「『47都道府県制覇、楽しんで。まどかちゃんならきっと居場所が見つかるよ。あなたは自分が思うほどコミュニケーションが下手じゃない。煙草の灰を人にかけなければね』」

「……他には?」

「それだけ。ミカコちゃんは?」

「教えない」

あたしはその紙を細かく折りたたんで、ショートパンツのポケットに入れた。

さて、どうしようか。

いずれ宮古島で働くことを目標としていても、資格を取得するまでの間、アキバさんは地元の宮崎にいるだろう。

連絡を取って会いに行くこともできるし、このままこの紙を捨てることもできる。

ちょっと、笑ってしまった。

この期に及んでまだ、あたしは選択肢があることに安心している。

どれだけ執着を恐れているんだよ。どれだけ、自由に依存してるんだよ。


出発は誰にも告げないことにした。

深夜三時。ピンクのベッドカーテンの向こうから聞こえるまどかちゃんの寝息をBGMに、あたしは荷物をバックパックに詰める。

そのまま足音をしのばせ階段を降り、リビングに入る。灯りをつけ、スーパーの折り込みチラシの裏にマジックで書いた。

『8月1日~14日分 1万4000円 ミカコ』

財布から一万円札と千円札を四枚抜き出し、チラシと一緒にマグネットでホワイトボードに留める。

そして、ホワイトボードの①の欄にあった『ミカコ』の文字を消した。

外に出ると、夜の闇の中に朝の乳白色の光が混ざっていた。

思ったよりも肌寒い。タンクトップじゃなくてTシャツにすればよかったか。

あたしはバイクにまたがり、夜の那覇をフェリー乗り場に向けて走り始めた。

約束どおり、陸生の結婚式のために八王子に帰ろうか。それとも――。

イヤフォンから流れるボブの歌声がヘルメットの中で反響し、あまりの気持ちよさに思わず笑い出してしまった。


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