「有名になりたいんでしょう」と言われて思い出したこと
「物書きとして売れて有名になりたいんでしょう?」
先月barbossaに行ったとき、マスターの林さんが言った。
「有名になることのメリットってなんですか?」
「有名になると、お金が入るし、いろんな仕事がきますよ」
なるほど、それは大きなメリットだ。お金もほしいし、いろんな仕事もほしい。
だけど、それって有名にならないとできないことなのかな。有名じゃなくても生活できて、好きな仕事ができている物書きの人、いないのかな。
そんなふうに考えていた。
しかし、帰りの電車の中で、一緒にいた友人が言った。
「サキちゃん、さっき有名になることのメリット聞いてたけどさ、有名になりたい人にとっては、有名になること自体がメリットなんじゃないの?」
……なるほど!
よく考えたらそのとおりだ。私は有名になることを「目的達成のための手段」と捉えていたけど、世の中にはそれ自体が「目的」の人もいるだろう。
自分にはない発想だったから、ハッとした。
◇
今の私は、「有名になりたい」という欲はない。
そう言うと「無欲なんですね」と言われそうだけど、そんなことはない。私はめちゃくちゃ強欲だ。
著書を増刷されたい! ドラマ化されたい!! オードリー若林さんに読まれて雨トーークの『読書芸人』で紹介されたい!!!
もう、心の中はwantでいっぱいだ。
私があまりにゴリゴリしているので、平凡社の人たちはきっと引いていると思う。我ながら、こんなに欲を前面に出す35歳の気弱な主婦を他に知らない。
だけど、「吉玉サキ」は有名じゃなくていい。
「私の書いたもの」はたくさんの人に読まれたいし、注目されたいし、有名になってほしいけど、「私自身」はそうじゃなくていいのだ。
しかし、林さんいわく、私の夢(本が売れるとかドラマ化とか)を叶えるための近道は「吉玉サキが有名になること」らしい。
まぁ、そうなんだろうなぁ……。
◇
このときの会話で、思い出したことがある。14歳のときのことだ。
恥ずかしいことを言うと、14歳の私は「有名になりたい」と思っていた。
学校で人間関係がうまくやれなくてバカにされていたり、心を病んでしまったり、「なんでこんなに思い通りにいかないんだ!」と思うことが多くて、
「有名になれば今の苦しさも報われる! むしろ、それでしか報われない!」
と本気で思い込んでいた。
「有名になりたい!」というより、なぜか強迫的に「有名にならなきゃ!」と思っていた。
そう思い始めたのは中2の冬で、とてもわかりやすい(むしろ健全な)中二病だったのだけど、私の場合は作家を目指していたことや精神科通いも相俟って、それが世間の平均よりだいぶ長く続いた。
じゃあその感情が消えたのはいつだろう?
……と思い返すと、たぶん、山小屋で働きはじめてからだ。
情けないくらいに単純だけど、山小屋という居場所と、そのままの自分を受け入れてくれるパートナー(今の夫)を得たことで、あっさりと名声欲が消えた。
それで一気に生きやすくなった……というわけでもない。
「お金を稼いで自分を養う」ことが私にはハードルが高く、いっぱいいっぱいになって、文章も書けなくなりうつ病が悪化し、溺れかけのような20代を過ごした。
マズローの言うとおり、生存が第一目標だと名声欲なんて目に入らなくなる。自分に「有名になりたい」と願っていた時期があったことすら、いつの間にかすっかり忘れていた。
だけど、これはきっと、忘れちゃダメなやつだ。
欲を手放したことと、最初から抱いてないことはまるで違う。
この記憶を消したら、14歳の私に呪われる気がする。
私は有名じゃなくてもこの本は有名になってほしい。
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