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自分を労われない私に紅茶をくれた後輩のこと

2年前の誕生日のこと。

自宅に国際小包が届いた。差出人は後輩のつばさ(仮名)だ。

つばさはその前年に山小屋で働いていた男の子で、カナダに住んでいる。私より一回り年下で、一緒に働いていたときはたしか19歳だった。周りの人たちを気遣える、素直で優しい子だ。

小包を開けると、銀色の缶がふたつと猫のマグカップ、そして英語の絵本が入っていた。缶の中身は紅茶の茶葉だ。

紅茶とマグと絵本。

そのチョイスには、つばさの「たまには絵本を読みながら紅茶を飲んで、リラックスしてね」というメッセージが込められている。メッセージカードにもそのような言葉が書かれていた。

そういえば、一緒に働いていたとき、つばさは周囲に「無理しないでね」「頑張りすぎないでね」と声をかけることが多かった。

彼にとって、「自分を労わる」というのは大切な価値観のひとつなのだろう。

さっそく、いただいた紅茶を淹れて、夫と飲んだ。飲みながら絵本を読む。

その絵本は、猫が親友の犬にプレゼントをあげようと思うのだけど、彼はなんでも持っていて、「そうだ! なんにもないをあげよう!」と思いつき、なんにもないを探す……という、とても可愛い物語だった(英語なので私が誤読している可能性もある)。

素敵だなぁ。

絵本そのものも素敵だし、紅茶を飲みながら絵本を読むという行為も、とても素敵だ。

夫とふたりで

「つばさ、いつもこんなに素敵な時間を過ごしてるのかなぁ」

「お洒落だもんね」

などと言い合う。夫にとってもつばさは後輩だ。

そして、「我が家でも、これからはたまにこういう時間を設けよう」という話になった。

結局、我が家にティータイムは定着しなかった。

端的に言って、忙しかったのだ。

当時の私は、1年のうち春~秋を山小屋で過ごし、冬は東京の自宅にいた。フリーランスと言えるほどでもないけど、ブログを書きまくっていたら友人のツテで書籍化できることになったり、その友人に頼まれてライターやマーケッターのようなことをしたりしていた。

毎日、コーヒーを流しこみながら長時間パソコンに向かう。

紅茶にもカフェインが入っているはずだけど、コーヒーのほうが集中できる気がして、ついついコーヒーを飲んでしまう。

せっかくつばさが贈ってくれたのに、紅茶が減らない。絵本も開かなかったし、リラックスタイムもほとんど設けなかった。

そういえば、山小屋でつばさに

「サキさんは頑張りやだから、そんなに頑張っていたら疲れちゃうよ。たまには自分を甘やかしてね」

と言われたことがある。

だけど、私はその言葉を素直に受け取っていなかった。

私は自分のことを頑張りやだとは思わない。むしろ、怠惰で根性のない人間だと思う。

「私、こんなに自分に甘いのに、これ以上甘やかすわけにはいかないよ」

そんなふうに思っていた。

若者の言うことは聞くものだ。

つばさの忠告を無視してリラックスを怠った私は、唇にたくさんの水疱ができた。口唇ヘルペスかと思いきや、「尋常性天疱瘡」と診断された。難病だという。

結論から言うと、治療していないのに自然と症状が治まった(たぶん誤診だったのだろうけど、医師は認めていない)。

ともあれ、難病と宣告された私は、病気について調べまくった。

真偽のほどはわからないけど、どうやら体を温めて免疫力を高めるといいらしい。

ある本に「コーヒーは体を冷やすけど、紅茶は体を温める」と書いてあるのを見つけ、コーヒーではなく紅茶を飲むことにした。

久しぶりに紅茶を飲みながらゆっくりと過ごし、

「あぁ、こういうふうに暮らしていれば、病気にならなかったのかも」

と思った。難病と生活習慣の関連性はわからないけど、なんだかそんな気がしたのだ。

頑張りやであってもなくても、人間にはきっと、自分を労わる時間が必要なのだ。

それからも私は、時間に追われるような生活をしては体調を崩した。

そして、つばさが私に紅茶をくれた理由がわかった気がした。

私はいつも、自分のキャパシティ以上のタスクを抱えていっぱいいっぱいになっている。

それなのに、「だって他の人はもっとたくさんのタスクをこなしてるし!」などと言って、自分がいっぱいいっぱいなことを認めようとしない。

自分のキャパシティが世間一般の水準よりも小さいことに、最近まで気づいていなかったのだ。だからいつも、「これくらいふつう」と自分には無理な量のタスクを抱えてしまう。

思えば、山小屋でもそうだった。なんでもかんでも引き受けては、パンクしていた。

つばさにとって私は、「リラックスが必要な先輩」だったのだろう。

自分のことも他人と同じように大切にできる彼は、私を見て「なんでこの人は自分を大切にできないんだろう?」と不思議に思っていたのかもしれない。


今も相変わらず、私はいっぱいいっぱいだ。

だけど、無理をして体調を崩すのはもうたくさん。

コーヒーは1日1杯にして、あとは生姜紅茶。疲れたら休むことも忘れずに。そのことを忘れないために、もらった絵本をデスクの前に立てかけた。

私も、自分を労われるようになったらもっと、他人を気遣えるようになるのだろうか?

いっぱいいっぱいな人に、そっと紅茶を差し出せる人になりたいと思った。


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