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ドラマ

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吉田図工のドラマ作品です
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2022年2月の記事一覧

【ショートショート】せみさん

「お世話になりました」 枯れすすきの如く頭をたれて男は刑務官に挨拶をした。 「しっかりやるんだぞ。元気でな」 私はその手を強く握り、晴天に恵まれなかった今日をせめて気持ちだけでも晴らそうと努めた。 しかし、並んで立っていた上司の表情は硬いものだった。 曇天の空の下、なで肩の小さな背中は遠ざかってゆく。 自身の父親と変わらないその背中を見つめ、少し複雑な気持ちになりかけていた。 「2556番…いや、吉田が『せみさん』と呼ばれていたのは知ってるか?」と上司は呟いた。 その言葉に改

【ショートショート】蓄恩機

フラリと入った喫茶店。 カウンター席と奥にテーブル席が2つある。 レトロな雰囲気はカフェというより純喫茶と言う方がしっくりくる。 他に客は居らず、丁度今私が求めていた雰囲気だった。 いらっしゃいとマスターはお冷と頼んでもいない珈琲を置いた。 「これはサービスです。ここは私の道楽で喫茶店じゃないんですよ」 喫茶店じゃないと言われても珈琲のいい香りが理解を阻害した。 「ごめんなさい。てっきり喫茶店と思って入ってしまいました」 「こんな佇まいで間違えるなと言う方が野暮です。もし貴方

【ショートショート】順延参り

「親父は自営業やったんで連休とかは必ず世間とズラして休む人やったんですわ。ほんで俺らにはどっか連れてったるから学校休め言うて。無茶苦茶でしたわ」 そう言うと男性は墓石の花立に花を活け「あ、俺ら言うて下に妹がおりますねや」と笑顔で答えた。 お盆を過ぎての墓参りというのはさして珍しい事ではない。 ただその男性は毎年決まってお盆を過ぎてから墓参りに来るので住職は何気に声を掛けたのだった。 香炉に火のついた線香を置き手を合わせる。和尚も隣で手を合わせた。 話し声が止むと遠くから蝉の鳴

【ショートショート】写真館の裏メニュー

「じゃあ、早速ネガを見せてもらうよ」眼科医がするあの反射鏡をした店主が目を覗き込む。 何が始まったのかと戸惑う。 「あの…祖父の写真と関係あるんですよね?」 「もちろん」と店主。 祖父の遺品整理で出てきた1枚の写真。 白黒写真でしか撮れないはずの被写体なのに、まるで最近撮った様な色鮮やかな写真。それがこの写真館の封筒に入っておりここを尋ねたのだ。 「最近のは無いねぇ…」ブツブツ呟き年季の入った一眼レフカメラを手に取ると私の額にレンズを向けシャッターを切った。 ちょっとお待ち