自信を持とうとしても自信が身につかない残酷な現実

自信、先代社長にあって私にはなかったもの

自信、つまるところ私に足りないものはそこだった。親父にあって私にないものはそこだったし、親父が私に感じていた頼りなさもそこだった。
しかし、私は知っていながら直視することを避け続けた。
そのつけは必ずやってくる。

自信のなさを知識でごまかそうとし、自信があるように見せかけ、去勢を懸命に張って、それでもどうしても私の心の底にある自分だけは騙せなかった
この見栄とはったりと演技の狭間で私はクタクタに疲れていった。

人間は自分の器以上のものを人に見せようとしても長続きできないものだと気づくことはできた。
そのギャップを埋めるために私は精神世界に興味を持ったのだが、どんなに己の内面を見つめても、自信だけは自動的に増加することは一切なかった。

マイナス暗示がかかる

自己暗示を無意識に入れ込もうとしても、自分を騙しきれなかった。
逆に自信のなさや気後れを認識しただけに終わった。
自分を知ること、特に自分のマイナス面を知ることは残酷なことだ。
私を強くするはずの自己暗示もマイナス暗示にかかったような結果になった。

自信、望んでも遠のくもの

実に精神の世界は難しい。
自分が望んだことと逆の結果になってしまう。
それに自信などいくら本を読んだところで、決して身につかないもの。
自信のある人間の前に来ると、私はそれだけで心が萎縮した。
精神修行の結果がそうなるなんて思ってみなかったが、やはり現実は残酷だ。

参考サイト:自信を得られない理由 人生喪失の恐れ

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