二代目社長の誰にも相談できない孤独、経営者の悩み
経営者は皆孤独、必然的な運命
二代目社長に限定せず、三代目も初代も経営者は孤独だと思う。
誰にも相談できないからだ。
誰も同じ立場の者はいない。
社員の悩みと経営者の悩みは違う。
経営者にかぎらずトップは極度に孤独だ。
孤独の世界で生きなければいけない。
その覚悟がある者が勝ち残れるのだろう。
同じ立場が一人もいない孤独
昔から私は孤独を感じてきた。
いずれ後を継ぐという意味では若い頃から、同じ立場の者はいなかった。
もちろん友達もたくさんいた。
しかし、私の生きていく道には孤独を埋めてくれる存在になんていないと思っていた。
実際に今もいない。
そういえば、凄腕経営者ほどインチキ占い師にはまってしまうという。
誰もが知る経営の神様と言われるクラスほどそういうものにすがっている。
まさに孤独で、自分の心をわかってくれない孤独感が、占いという超越したものにはまらせてしまう原因だと私は思う。
誰もわかってくれない孤独を占い師だけがその心の隙間をついてくるのだ。
まあ占い師で一流と呼ばれる人間は、そのオカルト的な能力ではなく、そういう心の隙間を埋める能力が高いということなのだろう。
どう孤独感と向き合っていくか
経済的にも成功し名声をほしいままにするカリスマ経営者でさえ、言いようのない孤独に心をやられていることから考えても、経営者は孤独を覚悟し、その孤独感とどう向かい合っていくかが大事になる。
経営者ということでは、同じ立場の者は他の経営者がいるが、彼らとも相容れない。
彼らはライバルであり、競争相手なのだ。
仲がいい経営者でも、お互いの孤独は埋められない。
決断を下すのはあくまで私一人なのだ。
責任も最終的には私一人で背負わなければならない。
人には頼れない、頼れるのは私しかいない
私が瞑想に興味をもったのも、言いようのない孤独を癒やすためという理由もあった。
こうブログに書いていて、やっぱりそうだという念を強くしている。
結局瞑想では孤独を埋められなかったが。
孤独が私の人生のテーマだったのは確かだ。
時には女性に孤独を埋めてもらう役回りをさせたこともあった。
そういう恋愛は必ずと言ってうまくいかなかった。
最初は孤独が埋まったものの、すぐに相手の感情と私の感情とのズレが生じ、一緒にいながらも孤独を増すことになってしまった。
孤独感を埋めようとするともっと孤独になる
よく芸能人がちやほやされながら、そして大勢の人に囲まれていながら、孤独感をいっそう強くし、さらに大勢の人の中で孤独を癒やそうとしながら、それでも孤独感から逃れられなくなる構図に似ている。
孤独を埋めようとすること自体が、孤独を一層増させることになることは、岩波先生に後に教えてもらったが、その時は恋愛も友人関係も孤独を埋めることに主眼をおいて選んでいたように思える。
おそらく私の嫌いだった親父も誰にも言えない孤独を抱えていのだろう。
同じ経営者になってそれはわかる。
それでも猛烈な邁進をしていた親父に、私は最初すごい劣等感を感じていた。
私は経営者としての孤独に押しつぶされそうになっていたのに、この違いは何なんだ!?と・・・
孤独? いくらでも歓迎するよ
しかし、岩波先生の心理脳内プログラム(メンタル強化プログラム、脳覚醒プログラム)を受けてからは、孤独に対する概念が変わっていった。
まずは人間である以上、孤独は避けられないこと。
経営者ならば孤独なのが当たり前、ならば自分をしっかり根本から確立すること。
人と群れず、他人におもねらず、一人で決断を下すその孤独を楽しむようにすること。
これらのことが身についていった。
いままで私が孤独が嫌で、それを消そうと行動してきたあらゆる行為が、逆に孤独感を強めてしまったことを、トランス状態で思い浮かべて、その心の傷を癒していった。
そして、その行動の愚をはっきり知覚することができた。
私はこんな思考でこんな行動をしてきたから、逆に孤独感を強めてしまったのだと。
生まれてくる時も死ぬ時も人間は一人だ。
孤独などあって当たり前、覚悟するしかない。
その気持が定まった。
先生が誘導する「脳覚醒トランス状態」で覚悟ができない原因を洗い出し、心を整理し、覚悟ができる暗示を入れてから、孤独がどうこうと騒がなくなった。
心の落ち着きの無さもなくなっていった。
何か私の心に強い柱がガシっとはまった感じがした。
この覚悟ができてからは、自分に自信が出てきて、社員に対しても肝の座った対応ができるようになった。
経営者、役員、社員の違い
これを書いてしまってはなんだが、社員は社員にすぎない。
社員は使われる身で給料をもらう身だ。
同じ立場の人間もたくさんいる。
孤独をお互いに埋められる。
相談相手もいるし愚痴を吐く仲間もいる。
しかし私は違う。
二代目社長という約束されたポストがあったとはいえ、誰にも相談できないその孤独を俺は受け入れて覚悟して生きていく。
その覚悟の量が違う。
なるほど、古参役員も社員も小さく思える
そう感じてからは、劣等感から今まで大きく感じていた一部の社員や役員が小さく思えた。
岩波先生に言われた「覚悟の量で、人は勝ち負けが戦う前から決まる」という言葉はまさにそのとおりだった。
孤独への覚悟がない奴は、大きなことはできなず、逃避と守りの人生になってしまうのだ。
そして今後私がやらなくちゃいけないことは、カリスマ経営者ですらその孤独に負けて占い師に頼ってしまったのを、一生そんなものに頼らず、いつどんな時でも己一人で行くという覚悟をブレずに持つことだ。
毎晩、私はトランス呼吸法をやり、変性意識に入った時、己にこう言い聞かせている。
「俺は孤独のまま一生走り続けてやるぞ!」と。
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