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とらわれた男

※2002年10月8日14時36分。男は生まれた。

物心ついた頃から男の関心は、専ら歴史にあった。
それは、地球が生まれてから現在にいたるまでに起きた、ありとあらゆる出来事に対する興味だった。

男は全ての時間を、歴史に捧げた。
幼い頃は「勉強熱心な子だ」と喜んでいた両親も、狂気じみた彼の探究心を恐れ、次第に男と距離を置くようになっていた。

23歳を迎えた頃、男は全ての歴史を知り尽くした。
そして、これ以上にないほどの怒りを覚えた。
それは、西暦2000年余りに生まれたことに対する怒りだった。
あまりにも短すぎる。
たった46億年の歴史では男の探究心は満たされなかった。

そして男は閃いた。
人類が滅亡する100年前の未来に転生しよう。
そうすれば、最も多くの歴史を知ることができる。
たとえ人類があと5億年生き延びていたとしても、100年あれば全ての歴史を味わうことができるだろう。
男は部屋を出て、居間にいた母親を一瞥して家を飛び出した。
この日から男は、全ての時間を「人類滅亡100年前の未来に転生する装置」の開発に捧げた。

76年後、7月19日。
遂に男は「人類滅亡100年前の未来の"胎児"に転生する装置」を完成させた。
男は曲がりきった腰を上げて、ノロノロと装置に乗りこんだ。

16時22分。起動ボタンを押す。
激しい駆動音の中で、男は少年時代に感じていた好奇心を取り戻した。
長い旅が始まった。

1942時間14分後。装置は全ての処理をほぼ正常に完了した。

※2002年10月8日14時36分。男は生まれた。

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