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シューゲイザー大学生 さようなら

大学生という4年間のモラトリアム延長チケットは期限切れとなり、僕は社会に放たれた。ありきたりではあるけれど、本当に長いようで短かった。

学生のうちに耳にたこができるほど聞いた「今のうちに遊んでおけ」という言葉は、大学生でなくなった今になってようやく耳に入ってくるようになった。

大学生活はパッとしないものだった。(上の写真を見れば分かるが、本当に死んだ目をしていた。)(美術館で展示を見て興奮した直後でこの表情なんだから本当にダメだと思う。)

1年の春、上京してすぐに父親が亡くなり、大学生活を謳歌しようなんて余裕はあるはずもなく、本当に空っぽの毎日を送っていた。2年次は、反動で映画や音楽、web制作など、とにかく趣味に没頭し、ロクに授業に出ないで毎日引き篭もっていた。キャンパスに行っても自分の足元ばかり見て過ごしていた。気がつけば3年になり、謎の病原体によって世界はあっという間に変貌した。大学は画面の向こう側の世界に行ってしまい、そして、僕は大学をたいして味わうことなく、あっさりと卒業してしまった。

「あーあ。授業サボったりして友達と遊んで、酒の失敗も人間関係の失敗も、大学生という免罪符でどうにか誤魔化す。後悔はするけど、結局ただ楽しいだけを追い求める。そんな大学生らしい暮らしも経験してみたかったなぁ」みたいなことを、たまに思っている。寝る前とか。

結局のところ、僕はある意味で大学生に向いていない性格だったんだと思う。僕の中で、大学生というアイデンティティは、さほど重要ではなかったんだ。

過ぎたことに対してクヨクヨと気色の悪い文章を書いているが、後悔しているわけではない(タイムスリップして、大学1年からやり直せると言われたら、少し考えるけど)。

結果論ではあるが、大学を卒業した今、僕はすごく幸せだ。
決して華やかではない大学生活を過ごしたおかげで、自分の好きなものに出会えたし、自分の好きなことでご飯を食べられるようになっている。
僕は幸せを後回しにしておいたのかもしれない。
好きな食べ物は最後にとっておくタイプだからきっと間違いない。
大学生の間に、自分で選んで、自分で進めてきたことは、これからも生き続ける。

僕は将来、大学生に「今のうちに遊んでおくんだぞ」なんて説法を解くおじさんになっていくんだろう。そうして僕みたいな大学生に「面倒臭いジジイだなぁ」なんてバカにされるんだろう。すごく素敵なことだと思う。

さようなら、シューゲイザー大学生

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