金曜日
3ヶ月ほど前から毎週金曜日にバーへ行くようになった。
22時辺りに仕事を終え、シャワーを浴び、その日一番好きな服を着て家を出る。
バーがある隣駅は栄えていて、22時を過ぎた頃は駅へ向かう人の流れがある。
1日を終えて帰路に就く人たちの流れ。
その流れに逆らうように駅を出て街へ向かう。
人の波に抗って歩いていると自分だけが長い1日を過ごしているような気分になり幸せを感じる。
先週よりも冷たくなった風は、季節が変わっていくさまを僕に伝える。在宅勤務で外に出ない僕はいつも季節に馴染めていない(半年前から食事も定期便で届くようになり本当に外に出ない)(あなたが思っている以上に僕は外に出ない)。
雑居ビルに辿り着く。
バーは4階にあるが、エレベーターの速度が少しだけ遅いため、体感だとバーは5.2階にある。
5.2階でエレベーターの扉が開く。正面に飾られた「タクシードライバー」のポスターが僕を迎える。ロバートデニーロが俯いて歩いているポスター。彼も僕もまだ眠れない。
薄暗い店内にはカウンターが10席ほどと奥にテーブルが2つ。先客と談笑していたマスターが僕を見て「今日は金曜日か」と言う。僕が来た日は金曜日ということになっている。
お酒はいつも3杯飲む。1杯目がウイスキーのソーダ割、2杯目はウイスキーベースのカクテル、最後にゴッドファーザーを飲む。お酒はそこまで得意ではないので3杯で幸せになれる。
お酒を飲みながら、関係のない所で盛り上がる話をボーッと聞いたりマスターや顔馴染みになったお客さんと話したりしながら過ごす。この時間がとても好きだ。
この店でたくさんの出会いをした。
僕より何千倍も優秀なエンジニアは、僕よりも何万倍も謙虚だった。
新婚なのに隣同士のマンションで暮らしている夫婦の話にときめいた。
本名はヨシナリなのにアベと呼ばれている人は、ハロウィンのコスプレを見せてくれた。
先駆者たちの話は面白い。
僕はこの先、こんなに面白い話ができる人になれるのだろうか。
この店でサブカルチャーの素晴らしさを知った。
ここに集まる人はサブカルチャーに精通した人がやたらと多く、映画や音楽、なにか作品名を挙げると会話のリレーが瞬く間に流れて、何百倍にもなって僕に戻ってくる。そしてマスターが席を外れ、その映画のサウンドトラックを持って戻ってくる。そういう仕組みになっている。
サブカルチャーは年代を優に超えて、僕と先駆者たちを繋げた。
これまで、ただ消費していただけの映画や音楽、小説がちゃんと僕の財産になるようになった。
サブカルチャーはなんて素晴らしい。
この店に行くようになって、人生にブーストがかかった気がしている。
それはマスターと店に集まる人たちによって形成されてきたカルチャーが僕の人生において必要なパーツだったからだ。
そういえば「25歳が価値観やセンスの曲がり角」と本で読んだことがある。僕の25歳はどうなっているだろう...。
できるだけ多くのものを持って25歳を迎えていたい。
深夜1時、店が閉まる。
マスターに今週見る映画と小説を報告する。
帰り際、マスターはいつも「今日、ここに来ない選択肢もあった」と僕に言う。この言葉がとても好きだ。
想像より少しだけ遅いエレベーターを降りて、タクシー乗り場へ向かう。人の流れはもう無くなっていた。
タクシーの中で1週間が終わり、新しい1週間が始まった。
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