マガジンのカバー画像

Poems & Stories 詩と小説

36
作家 林由彰の著書です。
運営しているクリエイター

記事一覧

蓮花幻想

 案内図のとおりごくわかりやすい道順で、峰岸湾太郎の屋敷には迷わず着いた。それは白壁の蔵…

Yoshiaki Hayashi
2か月前
2

卵夢

1  田舎町だから安いだろうとは思っていたが、予算の枠内でまさか一軒家が借りられるとは思…

Yoshiaki Hayashi
2か月前
3

有終の実

 帰り際になって、妻が用事とも言えない用事を何やかにや言い出したので、ナースステイション…

Yoshiaki Hayashi
2か月前
1

目的地まで(改稿)

第一話 所沢まで  顔を挙げると、日差しが変わっていた。目の前の線路、柵の向こうの空地、…

Yoshiaki Hayashi
2か月前
4

目的地まで

 主(あるじ)に促され、客はソファーに腰を下ろした。主は窓際の机から椅子を引き出し、腰を…

Yoshiaki Hayashi
2か月前
2

満月の渡し船

満願   ……聞こえてるんじゃない?……   ……今日のところは……   ……黒石で……黒…

Yoshiaki Hayashi
2か月前
3

濃密なとき

1  小学校の学区を外れると顔見知りの人に会うこともなく、子供がそんな遠くに用があるはずもありませんでしたが、私はそんなようなところまで歩いて行くことがありました。  その日もふらっと一人で歩いているうち、寺や古くからの家の多い屋敷町のあたりに足を踏み入れていました。ふと気づくと、自然石を敷いた広い門前路の奥の厚い板の門が開いていて、たくさんの人がその中で動いているのが見えました。  門前路の途中まで行って眺めていた私を、門の入り際に立っていた紋付羽織を着た男の人が手招きしま

渡し場 

 アーチ状の上蓋がまず目に入ってきて、大きな橋の前に出た。川に降りる石段があり、その降り…

Yoshiaki Hayashi
2か月前
2

中有

1  信号待ちを繰り返している車の列の間から、赤いカーディガンがまだ見えている。もう三十…

Yoshiaki Hayashi
2か月前
4

素晴らしい日曜日

 「あーっ。どうなるかと思った。」  一ノ瀬正子は一ノ瀬正夫の腕に縋りながら、辛うじて抑…

Yoshiaki Hayashi
2か月前
2

千年坂

1  私は窓の前に立って、日没前の穏やかな陽の差す公団の中庭を見下ろしている。  三輪車や…

Yoshiaki Hayashi
2か月前
1

青い鳥のラプソディー

 浅草は変わることの少ない場所だといえるでしょう。あのバブル期の地上げ騒ぎも何の跡形も残…

Yoshiaki Hayashi
2か月前
1

水を飲む

 後ろの林の中からジージーという音が聞こえていた。からっとした初夏の暑さに呼応するような…

Yoshiaki Hayashi
2か月前
1

人生の午後三時

1  「え?」  前方から来た車を遣り過ごそうとして、端雄は正江の後に廻り込んだので、正江の言葉が聞きとれなかった。  再び横に並んだ端雄を見上げて、正江は言った。  「本当によく来てくれたわ。」  「いや。」と答えて、端雄は正江の足もとに目を落とした。——黒い婦人靴。黒いストッキング。  「本当によく来てくれたわ。」正江は繰り返して言った。  「うん。」  端雄は今度は頷いて、勤め帰りの人や買い物姿の主婦たちで活気づきはじめた裏通りの駅前へ通じる前方に目を向けた。化粧石舗装