統計情報
概要
本稿では、日本の商標実務に関する統計情報で、実務上、重要と思われ、また、筆者が頻繁に参照するものを紹介する。
筆者はかつて、統計情報が実務の何の役に立つのか、と思っていたことがある。書籍等で、冒頭に統計に言及があったりしても、読み飛ばしたりしていた。しかしながら、現在は、次のように考えるに至っている。
統計情報は、一般には、業界全体の動向(商標実務の場合、出願数など)を知るなどの目的で参照されることが多いと思われる。たしかにそれはそれで重要なのだが、より実務に即効性のある参照の仕方として、たとえば、依頼者からの問合せに回答するに際して、具体的な数値を指摘することが挙げられると思う。
依頼者からの問合せの中には、”ケースバイケースですね”と答えざるを得ない内容のものが多々ある。この場合、単に”ケースバイケースですね”と応えるだけでは、依頼者にとっては”そんなことは最初から分かっている”ということもあると思われる。依頼者の満足度の観点からは、単に”ケースバイケースですね”と応えるほかに、その問合せの背景を推理して個別具体的な検討をやってみせる、ということもあり得るだろうが、それ以外の選択肢として、統計情報に言及して、”ケースバイケースではあるけれども、〇全体の中では△割が◇とされていますね”などと回答することも考えられると思う。これであれば、個別具体的な検討の手間を省きつつ(あるいは、そのような検討ができない場合でも)、”ケースバイケースですね”との回答から一歩踏み込んだ、付加価値のある回答を仕上げることができると思われる。
以下、公開されている統計資料を紹介するが、特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)を用いて、自分で数値を集めてみるのも重要だと思う。一般に知られていない数値であればあるほど、前述の付加価値は高くなると思われるからである。
特許庁の統計資料
もっとも基本的な統計資料である。
特許庁ウェブサイトの「統計資料」のウェブページに掲載されているもののほか、調査研究の報告書、審議会等の政策文書や配布資料にも統計情報が含まれている場合がある。
https://www.jpo.go.jp/resources/statistics/index.html
https://www.jpo.go.jp/resources/report/index.html
https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/index.html
裁判所の統計資料
知的財産関係訴訟の統計資料で、インターネット経由で広く公開されているものとして、知的財産高等裁判所のウェブサイトに掲載されているものがある。
ただし、より詳細な数値は、毎年、『法曹時報』に、最高裁判所事務総局行政局による「知的財産関係民事・行政事件の概況」が掲載されているので、それに当たる方が良い。
数量的な分析を含む論稿
最近は、数量的な分析を行う研究も増えてきたように見受けられる。特に商標法については、次のようなものがある。
侵害訴訟における類否判断:平澤卓人「商標権侵害訴訟における商標の類似性要件の実証的研究」田村善之編『知財とパブリック・ドメイン 第3巻:不正競争防止法・商標法篇』181頁(勁草書房、2023)[初出:知的財産法政策学研究57号1頁(2020)]
結合商標の類否判断:中川隆太郎「商標登録に向けて何を検討すべきか―結合商標の分離観察の基本と応用」ジュリスト1589号88頁(2023)
商標権侵害事件の損害賠償:金子敏哉『商標権に係るエンフォースメントの日米比較 損害賠償と刑事罰を中心に』平成31年度産業財産権制度調和に係る共同研究調査事業調査研究報告書(2020)及び同「商標法38条1項1号・2号による損害額の算定と商標権の保護法益―近時(平成24年以降)の裁判例の分析を中心に―」特許研究76号15頁(2023)
『審査官ラボ』
特許庁の審査のデータを分析・提供するサービスである。X(旧Twitter)の投稿も有益で、筆者は、たとえば、次のような統計情報を参照することがある。
ご参考用に、2000年以降の日本全体の登録査定率の推移も掲載致します。特許行政年次報告書には、商標の登録査定率が見当たらないため、当サイトによる集計結果になります。
— 審査官ラボ (@examinerlab) November 15, 2022
今のところ2000年と2001年の精度があまり良くないためご注意下さい。2003年以降の精度はかなり高いと思います。 pic.twitter.com/FK1rrOUA4Q
最新の特許情報標準データに基づいて商標審査官の統計を集計しました。直近10年の日本全体の登録査定率は85.32%でした。
— 審査官ラボ (@examinerlab) May 10, 2023
登録査定率が上位20位と下位20位の商標審査官は↓の通りです。氏名等は伏せます。査定数の合計が1000以上で足切りしており、マドプロは集計対象外です。 pic.twitter.com/2hnEZu3XFl
現時点では、特許のデータが主であるが、次のようなデータも集計され始めたようなので、今後、商標のデータも充実することが期待される。
商標審査官ごとに拒絶理由条文コードの適用率を集計するプログラムが完成しました。各商標審査官がどの条文を適用しやすいかを判断できるようになります。
— 審査官ラボ (@examinerlab) December 27, 2023
例えば、↓は拒絶理由条文コード32(第3条1項柱書)の適用率の上位10名です。日本全体の適用率は9.05%です。氏名等は伏せます。… pic.twitter.com/tTuFmySn3m
商標の拒絶理由条文コードの適用率を集計しました。集計結果は↓の表の通りです。
— 審査官ラボ (@examinerlab) December 26, 2023
適用率は、拒絶理由条文コードに対応する条文が適用された拒絶理由通知書の数を、拒絶理由通知書の総数で割った値です。今回は2013年以降に発送された拒絶理由通知書を集計しています。… pic.twitter.com/RzRw2rwmy0
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