「法域」の語の使われ方

概要

以前のnoteで、「弁理士試験の受験業界にはある種の『方言』があるように見受けられる。」と述べた。その一例として、標題の「法域」の語の使われ方が挙げられると思う。

弁理士業界での「法域」の使われ方

たとえば、大手予備校のウェブサイト内には、次のような記述が見られる。

どんな問題でも即時に解答できる力と法域にまたがる知識を使いこなす力を身につけていきます。

コースに含まれる講座 - 弁理士 初学者|LEC東京リーガルマインド (lec-jp.com)

弁理士試験で問われるのは、条約を除けば国内法であるから、この場合の「法域」は、「特許法」、「実用新案法」、「意匠法」、「商標法」などの各法律を指していると理解される。

実務でも、そのような意味合いで「法域」の語が使用されている例が散見される。たとえば、筆者の所属する事務所で利用している案件管理システム(なお、開発者は弁理士だという。)でも、そのような意味合いで当該語が使用されている。前述のような大手予備校で学んで弁理士になった者が、その言葉遣いをそのまま続けていると推測される。

より一般的と思われる「法域」の使われ方

『法律学小辞典』では次のように説明されている。

1つの独立の法体系が妥当している地域的単位のこと。一国内において法が統一されているわが国のような場合には、法域は国全体と一致する。これに対して、連邦国家であるアメリカ合衆国のような場合には、婚姻や契約に関して州ごとに法の内容が異なっているので、各州がそれぞれ1つの法域をなす。

高橋和之ほか編『法律学小辞典(5版)』(有斐閣、2016)

これに従えば、「法域」といえば、たとえば「日本」などを指すのであって、さらに日本国内の法律を指して使用されることはない、ということになろう。

どうするのが良いか

『広辞苑』も調べてみると、次のように説明されている。

①法令の効力の及ぶ地域的範囲。
②法の規定事項の範囲。
③法令の適用範囲。

新村出編『広辞苑(7版)』(岩波書店、2018)

①の説明が『法律学小辞典』のそれに対応するものと考えられる。②及び③は、具体的な用例が不明ではあるものの、「地域的範囲」に限らない「範囲」と思われ、『法律学小辞典』の説明よりは広い意味合いと考えられる。弁理士業界での使われ方も、この説明の「規定事項」(②)や「適用」(③)の指す内容によっては、まったくの誤りとまではいえないかもしれない。

しかしながら、私見としては、「特許法」等の各法律を指して「法域」との語を使うことは避けるべきだと考える。『法律学小辞典』の説明が法務実務一般での標準的な認識であるとすれば、弁理士が「法域」との語を前述のそのような意味合いで使用することは、誤用であると捉えられてしまうおそれがある。商標法実務が法務実務の一部であることを考えれば、弁理士業界内で通じれば良いなどといったことではなく、法務実務一般の言葉遣いにあわせるべきであろう。

もし、「特許法」等の各法律を指すのであれば、端的に「法律」と呼べば足りる。また、業務上、依頼者あての書簡の標題などで、「特許」案件、「実用新案」案件、「意匠」案件、「商標」案件などを明記するような場合でも、「法域:特許」などと記載するのではなく(なお、「国:欧州」などと書かれている書簡を目にすることがあるが、これこそ、「法域:欧州」と書くべきであろう。台湾、香港、マカオのような、国ではないものの独立した制度を有している地域も同様といえよう。)、たとえば、「案件種別:特許」(「種別:特許」でも良いかもしれない。)などという記載でも良いはずである。

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