商標実務の基本スキル

概要

本投稿では、これから弁理士として商標実務に就く者及び商標実務を始めたての者にまずは読んでおいてほしいもの、という観点から、書籍及び資料を紹介する。

はじめに

大島義則弁護士は、「法律実務の基本スキル」なるものが何なのかということ自体、論争的であると述べられている(大島義則「法律実務の基本スキル(法律実務書MAP)」けいそうビブリオフィル(2016年9月20日)(https://keisobiblio.com/2016/09/20/ls_map02/)。このことは「商標実務の基本スキル」にも当てはまると思われる。そして、大島弁護士の提示された、「法律実務の基本スキル」としての「読み、書き、そろばん」は、最大公約数的な理解として納得感がある。

商標実務も法律実務の一部であるから、これらは「商標実務の基本スキル」ともいえる。また、事務所勤務の商標弁理士の場合、依頼者である企業の担当部署が法務部であることも多い。有資格者であるにもかかわらず、法律実務の共通認識から外れるような成果物を提供すると、依頼者に不信感を抱かれかねない。

したがって、大島弁護士の前述ブックガイドに掲載されている書籍は、原則として読んでおいてもらいたい。以下、商標実務の観点から、その例外や補足について述べる。

「読み」

大島弁護士は、「読み」の対象として「条文」を挙げる。筆者としては、「読み」の対象として、裁判例及び特許庁の先例(特に審決例及び決定例)を付け加えたい。

商標実務では、ある商標を採択するか否か(すべきか否か、できるか否か、も含む)、意思決定を行うことが重要となる。そのためには、その商標を出願した場合に登録となるか、また、使用した場合に他者の商標権等の侵害とならないかを、正確に予測することが求められる。その予測においては、裁判例及び特許庁の先例が重要な資料となる。

裁判例の読み方に関する書籍としては、中野次雄『判例とその読み方(三訂版)』(有斐閣、2009)が基礎的な文献となろう。また、知財分野では、田村善之「判例評釈の手法―『判民型』判例評釈の意義とその効用―」法曹時報74巻5号1頁(2022)が重要と思われる。

田村教授は、裁判例の事案と結論に注目して、最終的にはその判断をリステイトする方法を提示しようとされていると思われる。そして、そのようなリステイトは、裁判例にとどまらず、特許庁の先例を読む際にも重要と思われる。あるいは、特許庁の審決例及び決定例には、結論が先にあり、理由付けが後付け的ではないかと思われるものが多々あることからは、むしろ特許庁の先例を読む際にこそ、その事案(商標の具体的な構成)と結論(拒絶理由・無効理由該当性)に着目し、自身の中でリステイトすることが重要と思われる。

「書き」

大島弁護士は、田中豊『法律文書作成の基本(2版)』(日本評論社、2019)を挙げる。田中弁護士は、著作権事件でも著名で、同書に掲載されている文例には知財事件のものも含まれるので、弁理士にとっても有用と思われる。

ただし、これを読みこなすためには、民法や民事訴訟法、要件事実に関する知識がないと、やや難しいかもしれない。とはいえ、1章から3章の法律意見書の書き方の箇所までは、基礎的な内容と思われるので、そこまでだけでも、まずは読んでおいてほしいと思う。なお、4章以降は、侵害訴訟実務で参照できるので、いずれはすべて読むことになる。

もし、同書のハードルが高いのであれば、原秋彦『法律実務家が知っておきたい作法』(商事法務、2015)をおすすめしたい。全体的に平易な叙述で、分量も多くないから、田中弁護士の書籍の入門編・要約的な位置づけで読むことができる。残念ながら、紙の書籍は絶版のようだが、電子書籍での販売が続いているようである。

原弁護士も知財を専門とされているので、同書には知財事件にも言及があり、弁理士でも読みやすい。また、用語に英語が併記されている。これを「文章内にたびたび英単語が挿入されているのはご愛敬。」などとするレビュー(「民事実務」基本書まとめWiki@司法試験板(https://w.atwiki.jp/kihonsho2/pages/34.html))も見られる。しかしながら、商標実務では、英語を用いる海外案件を避けられないであろうから、これで基本的な法律英単語を知っておくことは重要と思われる。

また、法令用語研究会編『法律用語辞典(5版)』(有斐閣、2020)又は高橋和之ほか編『法律学小辞典(5版)』(有斐閣、2016)のような辞典類は、なんでも1冊で良いので手元に置いてほしい。弁理士試験の受験業界にはある種の「方言」があるように見受けられる。他者とのミスコミュニケーションを避けるためにも、法律実務の一般的な言葉遣いを意識してほしい。

「そろばん」

弁理士として実務を始めたての者は、まだあまり報酬を気にする必要はないと思う。事務所の弁理士であれば、自分の仕事でいくらの請求書が発行され、自分がいくら給与等として受け取り、また、自分の補助についている者の給与や経費が自分の売上げでカバーできていそうかどうか、意識の片隅で気にかける(忘れないでいる)くらいで良いと思う。

また、予算管理も、求められる「そろばん」のスキルだと思う。事務所の弁理士であれば、依頼者の予算の範囲内で仕事をしなければならない。事前の費用見積りから足が出ることは、あってはならないミスである。

弁護士と同様、「弁理士報酬額表(特許事務標準額表、料金表)」は廃止されている。事務所で資料として保存されている場合があるので、機会があれば見た方が良い。また、古いが参考となる資料として、日本弁理士会「弁理士の費用(報酬)アンケート」(https://www.jpaa.or.jp/free_consultation/howto-request/attorneyfee/attorneyfeequestionnaire/がある。

商標実務では、近年、安価に出願できるサービスが現れている。そういったサービスの費用は、ウェブサイト等に掲載されているので、これも見ておいた方が良い。

とはいえ、安ければ良いわけでも、高ければ良いわけでもない。最終的には、自身がどういう競争ポジションでどういうサービスを提供するのか、付加できる価値は何なのか、また、たとえば国内の出願代理で利益を出そうとするのか、あるいは、それ以外の業務で利益を出そうとするのか、さまざまな選択肢があり得る。

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