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「2023年5月仙台(宮城)ひとりたび」(Wake Up, Girls! Advent Calendar 2023 4日目寄稿)


0.はじめに

こんばんわぐー。はじめまして、ヨセナベと申します。お鍋がおいしい季節となり、今年もWake Up, Girls! Advent Calendar企画を開催されるということで、標題の記事を寄稿させていただくことにしました。どうぞよろしくお願いいたします。

自分は以前、Wake Up, Girls! Advent Calendarの各記事を読んだことでWUGに対する理解を深め、より好きになっていったという経緯があります。「ブログ」や「記事」と聞くとハードルが高く感じられるかもしれませんが、簡易的なものでも全然大丈夫かと思いますので、ぜひ多くの方のご参加を願っております(謎の立場)(主催のておりあさんありがとうございます)。

さて、私は2023年5月に連休がありましたので、仙台・宮城の一部にひとりたびに行ってきました。仙台は以前も訪れたことがあるのですが、必ず近いうちに一緒に行ってくれる相手も居ないのでひとりで時間をとって巡ろうと決めていました。以下たびの中で出会ったものをまとめていこうかと思いますので、ぜひ気楽にお読みいただけると嬉しいです。

なお、自分は歩くのが好きで、思いつくままに歩き回った感じなので、あまり旅程の参考にはならないと思います。あくまで自分のペースで各スポットを巡りました。その点ご注意いただけましたら幸いです。

それでは、いくぞ!がんばっぺ!仙台・宮城(の一部)旅行ー!




1.1日目「牛タンうまいのなんでだろう〜」(仙台市内①)

早朝、地元を出発し、昼過ぎに無事仙台駅に到着しました。画像だと曇り感が強いですが、良い気候でした。休日で人の往来が多く賑わっていました。

どーん

さっそく、仙台駅構内の仙台市観光情報センターにて「ログインボーナス」を得に行きました。この時は画像のパネル1枚が展示されていました。1枚だけでも意外と大きくて驚きます。(今はもうないんでしたっけ…。)

ついに仙台に来たんだと気分は高揚していた

昼食を食べていないので、まずは「餃子の天ぱり」さんに向かうことにしました(初来店)。地下鉄勾当台公園駅から徒歩約10分、画像や映像で見覚えのある店構えが目に入りました。
半端な時間だったので、客は自分以外に一人でした(おそらくワグナーさんのように見受けられました…。お元気でしょうか。)。
席はわぐばんで高木さんが座っていたであろう席に座りました。自分は多少の訛りがあり、声もあまり張らないので、女将さんとの意思疎通が怪しくなりつつも(すみません…)、ラーメンと餃子セットをいただきました。ラーメンはこってりし過ぎず、意外とさらっと食べられました。餃子も香ばしくてすごくおいしかったです。うんめぇにゃ~。

海苔の字ってほんとに印字されてるんですね

続いて来た道を戻り、仙台市役所前・勾当台公園に向かいました。その日は「ほや祭り2023」というフェアが開催されていました。ステージではなんとテツ&トモさんがライブをしており(赤と青ジャージのなんでだろう~の人。当時一世を風靡した)、まさか生で見る日が来るとは思いませんでした。めちゃくちゃウケてました。せっかくなので出店でビールとほやのつくね焼き?(詳細忘れた)を買いました。

なかなか盛り上がっていた

そして、聖地野外音楽堂へ。この日は野外音楽堂では地元のバンドさん?がライブをやっていました。こちらは落ち着いた休日の昼下がりといういい感じの雰囲気でした。後方の椅子に腰かけて少しライブをみていました。隣の喫茶にも入ってみたところ、少し色あせたアニメWUGのポスターが貼ってありました。

勾当台公園は再整備が予定されているとのことです。この野外音楽堂が見られなくなるのは寂しさを覚えますが、仙台市中心部の拠点として、仙台市・市民にとってよりよい施設となることを願っています。

その後、新緑の定禅寺通りを軽く散歩しました。本当に美しい通りです。ただこの日はあまり落ち着いた雰囲気ではなかったので次のスポットに移動しました。

青葉は咲く 季節はかわっても
定禅寺通りだよ…

この時点でだいぶ歩き疲れていましたが(普段は車生活)、続いて地下鉄で旭ヶ丘駅に移動し、「日立システムズホール仙台(仙台青年文化センター)」に行きました。西側にみえる台原森林公園もいい感じの雰囲気でした。入って大丈夫なのかと逡巡しながらも一般開放されている例のホールに入りました。楽器の練習をしている方が数名いらっしゃったのでそそくさと退室しました。ちょうどいい休憩になりました。

ところで7 SensesのMVすき

時間は夕方に差し掛かってきましたが、地下鉄を戻り北仙台駅で下車し、徒歩約10数分、「青葉神社」を訪れました。この駅は生活感の強い街並みという印象を受けました。青葉神社を参拝し、交通安全のお守りを購入しました。

ここから境内に階段を登る(なお、足腰)
(何故この建物の写真を撮ったのか思い出せない…)

足が棒になりつつも、地下鉄で広瀬通駅に下車し、仙台市街地に戻りました。ホテルにチェックイン後、夜の街に繰り出し…たわけではなく、「味の牛たん喜助駅前中央本店」で晩飯としました。まず牛タンが来るまでの肉みそと豆腐のやつでちびちび行くのが好きです。厚切り牛タンもWUGを知る前は食べたことが無かったかもしれません。つかれた体にビールが染みわたり、牛タンとともにいただく、まさに無類といえるでしょう。

「うんめぇにゃ~」という表現が最も適した食い物

ホテルは温泉付きだったので、つかれた体に熱い湯が染みわたりました。あとは部屋で「NonSugar(プリパラ)」のライブの配信を酒を飲みながらみていた覚えがあります。『ノンピリオド』で3人が両手を伸ばして電車(?)ダンスをするシーンが忘れられません。


2.2日目「おかえり政宗サマ☆」(仙台市内②)

2日目の早朝、よし!と自分自身に喝を入れ、地下鉄に乗り、国際センター駅に下車しました。(ちなみに1日目2日目の移動中は、いつも聴いているラジオに加え、青山吉能さんのソロの楽曲を聴いていました。青山さんの楽曲は様々な景色や心情にマッチするんだと感じられました。)
国際センター駅で部活サークルをやっている男女の大学生達が待ち合わせているのを尻目に見てウッ…となりつつも、青葉城址に向けて徒歩で坂道を登りました。なかなかしんどかったですが、早朝の新緑の中、すれ違ったおじさんとも挨拶を交わしたりしつつ、心地良く進むことができました。なによりここで音を上げては越前藩士の名折れです。

心地が良い新緑の道のり(ぜーはーぜーはー)

伊達政宗騎馬像は、令和4年3月16日に発生した地震により修復作業に入っていましたが、令和5年3月31日に無事帰還したとのことです。青空の下力強く立つ騎馬像は圧巻でした。

どーん
WUGちゃん達が伊達武将隊の方と話していた東屋(この日のこの時間はおらず)
天気良かったっすね~。ちなみにこの期間は全国都市緑化仙台フェアというのがやっていた。
ずんだ~!(猫ではない)
自分は甘いものはほとんど食べないが、ずんだは適度な塩気があってうまい。ずんだもWUGを知る以前は食べたことがなかったかもしれない。
ずんだシェイクだよ…
(中の店で食券で買った。濃厚。)

お土産屋さんに入ったところ、レジの最も目立つ場所になんとRun Girls, Run!の色紙が飾ってありました!ここにあるのを知らなかったので、なんだか本当に嬉しくなりました。店員の方に了承をもらい写真を撮らせてもらいました。

その後下山し、次の目的地を逡巡していたのですが、そのまま北上し、仙台二高を通り過ぎ、広瀬川澱緑地まで歩きました。どこかで見覚えのある河原だなあと思いつつ、川べりに佇んでいました。落ち着いてゆったり流れる川で、雰囲気の良い場所でした。

写真集の場所ここですよねそうですよね…


続いて、国際センター駅のテラス(雫の冠のMVの所)で少しだけ休憩しつつ、いったん仙台駅に戻り、今度はバスに乗って「仙台文学館」を訪れました(大移動)。個人的に一度行ってみたかった施設です。落ち着いた雰囲気で、ゆったりとした時間を過ごしました。


気分を上げるために、旅のお供の文庫本も仙台仕様。井上ひさし氏の『青葉繁れる』は戦後の仙台市の高校生の様子が活き活きと描写されていて学びも多かった。
特別展はいわさきちひろ氏の展示だった。また、常設展には現代作家の展示もあり楽しめた。荒木飛呂彦氏の書籍もあり今度読んでみようと思った(まだ読んでいない)。


ここから、郊外の落ち着いた街の雰囲気を感じながら地下鉄黒松駅まで移動し(疲弊)、北四番丁駅に下車しました。そして例のあの通りを訪れました。

店員さんとのやりとり含め熊谷屋さんのあたたかい雰囲気ほんとすき。
交換ノートも拝見しました。
サメとゆべし

そして「喫茶ビジュゥ」さんで遅い昼食にしました。お客さんはカップルや老夫婦が数組おり、挙動不審になりながらもカウンターに座り、ナポリタンと季節のケーキ「フロマージュ クリュ オルタンシア」に舌鼓を打ちました。自分は多少の訛りがあり、声もあまり張らないので、店員さんとの意思疎通が怪しくなりつつも(すみません…)、おいしかったですとお伝えできました。

最高のランチ
美しい

あとは仙台駅前に戻り、クリスロード商店街や商業ビル、東口も流していきました。「お茶の井ヶ田」さんでお茶を買ったりしました。ゲーマーズさんには青山さんのCDは売っていましたが、他には特に目ぼしいものがなく、少し寂しくなりました。仙台駅前EBeanSの階段の壁のサインを見て、ホテルに戻りました。その後夜の街に繰り出し…たわけではなく、夜は買った海鮮の弁当や笹かまなどと共に晩酌しました(ホテルで酒を飲むのが好き)。この日は厚木那奈美さんが配信をしていたような記憶があります。

足が棒になりながらだいぶ探した




3.3日目「TUNAGO」(石巻市・女川町)

3日目の朝、ホテルをチェックアウトし、JRに乗り、約1時間、石巻駅に到着しました。長閑な車窓でした。観光客らしき人も多かったです。多くの人は石巻駅からまずは石ノ森萬画館を目指しているような感じでした(結局自分は行きませんでしたが)。
駅隣のレンタカー屋さんで店員さんと軽く会話しつつ、予約した車を借りました。3日目は車で気の向くまま宮城県沿岸部を巡る予定でした(結果的には全然移動しませんでしたが)。


まずは海の方に移動しました。普通に道を間違えて、めちゃくちゃ狭い坂道に突っ込んでしまい、泣きそうになりながらも(地元でも偶に仕事でこのような狭い道を通行するのでその経験を活かし?)、ひとまず広い駐車場に停めました。



ここから、復興記念公園や震災遺構などを巡っていたところ、気付いたら昼過ぎになっていました。やはり現場をみないと分からないことがたくさんあるなと率直に思いました。訪れたことにより多くの学びや気づきを得られ、自分自身のことや自身の地元や周囲のことについても立ち返って考えることができました。


松林が生育するとより美しいエリアになっていくのだろうと思いました
いつも見るのは日本海の荒波なので、太平洋はまた違く感じますね。
この日は穏やかな海でした。


そして、やはり実際に歩くのが大事だと思い、片山実波さんのキャラソンを聴きながら裏手の坂道を登り始めました。程なくして日和山公園に到着しました。見晴らしのよい公園でした。


ツツジ

次は、車に乗り、「サンファン・ヴィレッジ」に向かいました。現在施設は休業中ですが、駐車場があり、停めることができました。今回のたびの最大の目的はこの場所に来ることでした。そしてここが自分の中のひとつの終着点となるだろうと思っていました。

手をつなごう 心をつなごう 点と点とを結んだ場所へ







昼食がまだのままだいぶ時間が経ってしまいました。海沿いの道をドライブしながら「道の駅おながわ・シーパルピア女川」に向かいました。新しいモールエリアで、賑わっていました。海が見られる外の席で、海鮮丼を食しました。

どーん




(実はこの時、海鮮丼をちょうど食べ終わったくらいの時間に石川県能登地方で地震が発生し、館内でもアナウンスが流れました。私の携帯にも緊急メールが入ってきて青ざめました。北陸地方の私の地元に安否を確認したところ、特に被害なく無事とのことでまずは胸を撫でおろしました。そしてその上で、被害の大きかった地域においてはお見舞い申し上げるとともに、自分自身の身の振り方や考え方を今回のたび、そして執筆している今も、今一度考えなおす必要があると思いました。)



お土産を買って、入江の海をしばらく見ていました。そしてここをたびのゴールと決め、石巻に戻りました。本当は気仙沼まで行きたかったのですが、石巻から気仙沼ってけっこう遠かったんですね(最初にレンタカーの店員さんと話していたところ、気仙沼まで行くんですね!という反応でした)。WUGにおいてもちろん重要な土地ですし、私の好きな作家の熊谷達也氏の著作でも舞台になっているので、またいつか、訪れたいと思っています。ひとりたびはこのように自分のペースで行けるのがいい所ですね。

実はもう夕方
お土産に買ったほやのアヒージョ。だいぶ上級者向けの酒の肴だった(褒め言葉)


石巻に戻りレンタカーを返却し、市内のホテルに宿泊しました。本当は石巻の個人居酒屋を巡って晩飯としようかと思っていたのですが、夜の街に繰り出した…わけではなくチェックイン後気付いたら疲れて寝てしまいました(ビビったわけではない)。もっと大人になってまたいつかゆっくり訪れたいと思います。



4.4日目「雨男」(帰路)

翌日は雨でした。石巻から仙台へ向かう車窓では窓ガラスをしとしとと打つ雨粒をぼうっと眺めていました。仙台が近付くにつれ乗客も多くなっていきました。帰路は正直覚えていませんが、新幹線で若干のトラブルがありつつも、無事帰宅することができました。


5.おわりに

今回、自身のたびを文章に書き起こしたことで、その時のことを思い出し、再び楽しみ味合うことができました。(大変ですがおすすめです。)

一方、他の方が読んで面白いかどうかは自分にはわからないですが、この記事を読んでいただき、Wake Up, Girls!や仙台・宮城に思いを馳せる時間が少しでも得られたようでしたら、幸いに存じます。

たびの中では、変わるものと変わらないものがあったように見受けられました。看板がなくなったり、プッシュされている売り場がなくなったり、店やスポットの場所が変わったりなくなったり。おそらく今後も具体的な物については少しづつ変化し、なくなっていくものもあるかもしれません。
しかし、自分が各場所を巡った中で、紛れもなくここは私の愛したWake Up, Girls!の息づいた土地であり、多くの方に見守られ、これからも訪られながら、(「錆びない思い出を 抱きしめるように」)抽象的に存在し続けるのであろうと思われました。そして本当に微力ではありますが、その一助にこの記事がなるようでしたら、Wake Up, Girls!を好きになって筆を執って良かったと心から思います。

実は出発前はサンファン・ヴィレッジにて、自分にとってここでひとつの区切りになる、区切りとしよう、新しい道の先が見えるかも、と思っていたのですが、実際はそうはなりませんでした。ずっと地続きであり、結局は当然ながら自分の人生は自分で切り開かないといけないのだろうとも思いました。自分も多少の年齢を重ねてきましたが、まだまだ若輩者、重過ぎる鞄を持ちながらあてのない旅路をゆくしかないのでしょう。(そして願わくばこの記事を読んでいただいた皆様とともに歩めるととても心強いなと思います。)
ここまでお読みいただき、このたびはありがとうございました。

以上


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