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ゆっくり生きましょう

 出会いから、ああそういう人だった、と思う。予定日はとうに過ぎ、もう1日遅ければ帝王切開になるときまでお腹にいた。羊水も底をつきかけていたのか、シワシワで生まれた。生まれたあとはなかなか歩かず、健診では身体の異常はないからあとは気持ちの問題と言われた。歩行器で自由自在に行き来する様子に、まあいつか自分で歩くだろうと半ば諦めた。諦めたところでやれやれ歩き出した。
 それが息子である。現在13歳。目下の心配事は学習のこと。極端に読み書きが苦手だ。読み書きができないと生きにくい。これからの人生どうしようか。学習障害の診断がつけば、テストでルビをふってくれ、試験時間も伸ばしてもらえることがわかった。しかし、息子は診断は受けたくないと言う。特別扱いされるのは嫌だと言う。
 そして今回の定期テスト。私が教科書を読んであげようかと提案したところ、自分の力で頑張ってみる、と自室にこもり勉強していた。自分の力で頑張る、というのは今回はじめてだ。これまでに、私が良かれと思って行かせた国語塾はサボって行かないことが多くなり辞めてしまった。夫が課題を出しながら勉強させたときはテストの点数を偽造し、嘘の答案用紙を私たちに見せていた。私たちは簡単に騙され、やればできたのか、と思っていた。夫が意気揚々参加した個人懇談で嘘が発覚した。私たちに怒られはしたが、嘘がばれて息子はホッとしたようだ。腹痛で学校に行けないことがなくなった。
 先日テスト結果が返ってきた。ほとんどの科目が50点台。正直、いい点数とは言い難い。すると横で夫が「よく頑張ったな」と言った。「そうだよね」とつられて私も言った。「よくやった」と夫が重ねて言う。
 少し意外でもあった。夫はやればできる、80点でもまだまだだと言っていたからだ。できた箇所より何故出来なかったかにこだわっていた。そのような考えが私は嫌だった。できないことを指摘するより、できることを伸ばしたかった。私たちは息子の成績のこと、はては育て方のことで、幾度も喧嘩をした。夫も変わったな、と思った。何かと人を見下した表現をする人だったけど、やっとできない気持ちがわかったのか…
 息子が学習障害の診断を受けたくない理由に、「父ちゃんみたいな人にディスられるのは嫌だ、母ちゃんみたいに接してくれる人ばかりじゃない」と言ったときの夫の顔が忘れられない。息子は物事の真を見抜く力はあるようだ。息子の人生はまだまだこれから。

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