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暖炉|よるの木木

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短編小説
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短編|庭

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短編|あくまに会う

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短編|建築物

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短編|屋敷

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短編|ガラス

短編|ビバーク

 新居探しの旅というものはとても大切なものだから、わたしは仕事を早々に辞めた。わたしは象。そして、大きな旅行鞄に必要なものをつぎつぎと詰めていく作業に移る。  外は雨で、夏になりきらない、池の上の蜃気楼みたいな夜が文鎮のように目の高さにあった。 石鹸 レモン 石 ノート コンパス カメラ 靴下 紙 ナイフ 方位磁石  あの子は手を止めて、石をつぎつぎスーツケースの枠にたわむ毛布のなかに投げた。あの子は象。それは磁石のようにつぎつぎ中央付近に収まって、音

短編|風がからだにあたっているうちは

風がからだにあたっているうちは からだに風があたっているうちは、風がどこから吹いてきているのかがわかるから道には迷わないけれど、風がやむと途端に穴を掘ったり、ぐるぐるまわったり、天にむかって叫んだりしはじめる、これはなんの習性でしょう。 山羊。 ロバ。 犬。 ネコ。 にわとり! ぜんぶちがう。 それはぜんぶちがう。 アリとヤマアラシ。 ジュリはそう習った。 追い風に乗せて口笛をふく。リコーダーでもオカリナでもジュリはそのメロディをふける。 この地点から下に見えるもの。 さ

短編|うさぎ

うさぎ わたしは最近とみにいらいらする。 草と草のあいだから絶えずころがるしずく。雨の日だろうが、はれの日だろうが、いつでも決まってそこからあらたな水滴がはみだし、とぎれない執拗さはこねられるパン生地のように、わたしの意識への不快きわまりない刺激をやめない。すきとおるガラスのなかに映る混色、ゆがんだ模様、アラベスク、クモの針の注射のような、いちじくの実の朱色のすじ模様。  そのいちいちがわたしの神経に触る。  毒々しい色彩。そのほんのちいさなしずくに、わたしの視界と意識は埋

短編|ハジカの部屋

 音が聞こえます。トトトトトト。火の玉が横の結び目へ。次々わたるその音です。  わたしはハジカという名前を持っています。なぜかは聞かないでほしいとハジカは言います。いつのまにかこうでした。  トトトトトト。ハジカは音を聞く。音を聞くしか脳がないから? いいえ。それしか許可されていないように、ハジカには思えたからです。ハジカは臆病でした。いつからでしょう。ハジカは萎縮していました。なぜでしょう。とにかく、炎のスキップ、その音を聞きながらも、ハジカは座ったままでした。  体がふく

短編|レストランでまちあわせ

 最近、道に迷うことが多くなってきた。  すべてのものたちが、たとえば電柱、たとえばゴミ缶、たとえば駅の階段が、急に見慣れないものとなって眼に映り込んできたかと思うと、デジャヴとなって甦り、映像の点と点を頭の中で結びはじめる。それは動く円柱、汚れた薄青、遠近のひずみ。ナトは頭を立て直さなくちゃいけない。  道は確かにあるけれど、迷うのだ。方位磁石は必要な時にかぎって鞄に手をつっこんでもいつでもすり抜ける。  その日もまあそんな日だった。ナトは耳に水が入っているような、プール

短編|映写機

 私は一日中ずっとひまだった。きょうだいもいなかったし。部屋には家具しかなかったし。空白の日には飴を食べながら占いや儀式を考える。鋏を三本とか、シャープペンシルの芯を十一本とか。数字と図形に意味の重みを極端にかけていくのがコツだった。  その日も先の尖ったものを十七本集め、輪に並べて眺めていた。電球のひかりが刃に反射して、それが隣の刃に反射し、またその隣の刃に反射し、ひかりの輪ができた。  真っ白な時刻にはずっと真っ白だった。  私は冷静な子だねと人から言われたい、時には