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コンサルっている意味なくない?というディスに対してのアンサー

いわゆる外資系戦略コンサルタントに勤めて、2年が経った。

一番びっくりしたクライアントからの言葉は「別にあなたたちがいなくてもできるんですけどね」というセリフで、あんたの上司がこんだけ高い金払ってんだからそんなわけなくない!?と直感的には思いつつも明確な反論が浮かばず、コンサルの価値っていったいなんだろう?と考えさせられるきっかけになった。

良く言われるコンサルの価値

良く言われるコンサルの価値は
① 他の業務がないため、時間をフルに使って最速で結論が出せる
② 頭のいい人が集まっているので、論理的に正しい結論を出せる
というようなあたりかなと思う。

①は、どんな人でも価値を感じやすい部分だ。
例えば“改革室“などと言っても専任ではなく元の部署の仕事をやりつつの兼任である場合が多く、元の業務が減らない中で新しい業務に割ける時間は限られているため、検証や資料作成など、時間=価値になるような業務は基礎トレーニングを十分に積んだ傭兵集団に任せるのが良い。寝てる間に検討結果が出てきて、資料もできてて、ちょっと違くない?って言えば夜中であろうと次の日までには修正されるなんてこんな夢のようなサービスはない。
ただ、この場合は単に時間を金で買っているという認識のため、「(時間さえあれば)別にあなたたちがいなくてもできるんですけどね」という発言が出てくるのは理解ができる。

②もよく言われることだが、かなり人よる部分だ。
確かに戦コンは高学歴な人が多いため、世の中平均と比較して考える力はあるだろうが、コンサルのカウンターパートとなるのは大企業の幹部・幹部候補であって、世の中の平均値・中央値の人では決してない。だから、別に考える力に差はないと思うし、むしろ業界の深い知識・経験を持っているという点においてはコンサルの方が劣っているくらいで、個々人の力で見た時に“賢い”というのは正解ではないと思う。
終身雇用・年功序列の日本の大企業と比べれば、コンサルでは“政治力があって可愛がられるが感情的でバカな人“が出世することはないし、論理的で賢い上司が判断を下すから組織としては賢いと感じるが、個人と個人として対峙した時に「俺の方がお前より賢い!」と感じられるならそれは多分間違いではなく、バカですみませんと言うしかない。
だから、特に賢い人たちからすれば、本当に「別にあなたたちがいなくてもできるんですけどね」と思っていてもなんら不思議ではない。

コンサルの構造的な価値

じゃあ価値ないじゃん!ぼったくりじゃん!詐欺じゃん!と思うかもしれないが、わたしとしては上記以外の構造的な部分に最も価値があるのではと思っている。

というのは、
③ 他の会社の情報を、コンプライアンスに反しない形で提供することができる
④社内のしがらみに囚われることなく、率直な意見を言い、判断することができる
⑤決裁や承認など、面倒な手順をショートカットして最速で意思決定に至れる
というあたりかなと思う。

③は実際一番よくクライアントに求められることだ。
「他社さんではどうやってるんですかねえ?」というのは一会議で5回くらいは聞くセリフで、知見者への有料インタビューやこれまで関わった案件などから、競合関係にある会社同士では体面上得られない情報を第三者として得て、コンプライアンスに触れない程度にエッセンスだけを抽出して渡すというのは、構造的にコンサルがいないとできない。
これは現場の人にも上の人にも等しく理解を得られる数少ない価値であるため、「別にあなたたちが(略)」という発言が出てきたのは、おそらくある程度実行する内容が明確になって、この価値を提供する場面が少なくなってきたあたりかなと思う。

④は中々現場の人には理解が得られないが、上の方は確かに感じてくれている価値だ。
特に終身雇用の意識が強い日本の大企業においては、社内の人間関係を維持するために、誰もがわかっている判断事項であっても「コンサルというなんもわかってねえ悪人が言っててしょうがないからやる」というスタンスを取らねばならないことがある。
さらに言えば、意思決定者の立場として「これまで前任の◯◯さんがやってきたことは間違いではないとわたしは思っているけどコンサルが言っているから」とか、「今わたしが判断するという形を取るけど、もしこれが間違いでもコンサルに騙されたということなので、むしろわたしは被害者である」というように、逃げ道を用意する意図でもある。
これも③同様、構造的にコンサルが(悪人役として)いないとできないことなので、「別にあなた(略)」という発言はおそらくそこまで組織にどっぷり使っていない現場の若い人から出てくるのかなと思う。

⑤は上の方には感じてもらいにくいが、現場から見れば実務的にかなり意味のあることだ。
コンサルに半年でいくらなどというように発注をしてしまえば、細かな検討にかかる費用はコンサル側で支払ってくれるため、クライアントは事務手続きをショートカットできる。
また、役員クラスが直接の発注者となるため、本来であればなんとかグループ長→なんとか課長→なんとか部長→なんとか本部長…みたいな形で、何重にも承認を得なければいけないことも、役員がコンサルに発注をして役員から任命を受けてなんとかグループが検討に当たっているという形をとれば、役員のGO/NOGOだけで意思決定をすることができる。
これもかなり構造的に価値のあることなので、「別に(略)」という発言は、おそらく平社員時代の厄介な承認行脚を忘れてしまった上役や、社内政治にまだ当たったことのない若手から出てきたのかなと思う。

最後に

「じゃあ、あなた個人としてクライアントに提供しているバリュー(価値)はなんなの?」と聞かれると、正直な話、「何もありません」というしかない。

クライアント企業からコンサル企業としてプロジェクトを受注する意味は、①(労基と現業を無視しての時間と体力)+②の最後少し(コンサルの人事制度による組織としての賢さ)+③〜⑤(コンサル企業としての構造的な価値)があると思うが、わたし個人で言えば特になく、例えばわたしがクライアントの企業に転職しても、おそらくそこでは今のような価値は出せないと思う。

最もコンサル企業としての価値を享受しているのは、コンサルで働いているわたし自身だと、常々痛感している。

だからこそ、独立しよう!とか、事業会社の経営企画に転職しよう!とか思えるような自信は、2年ぽっち働いたくらいではわたしにはないし、これから先どれだけ頑張ったとしてそれらが得られるのかは甚だ疑問だ。

ただ、コンサル企業としてであれば、十分金銭に見合う価値を提供できると思っている。(極小ベンチャーみたいにまだヤンチャをできる会社は除いてではあるが、それらはクライアントにそもそもならないため)

だから「別にあなたたちがいなくてもできるんですけどね」というディスに対しては、「うっせえ!だったら自分たちでやってみろ!できねえだろ!!」というのがわたしからのアンサーだ。

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