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小説|雨の日に君を待つ DAY1

 ずっと歩き続けているような気がする。
 高校生にもなって迷子というのはかなり恥ずかしい。携帯電話は圏外で誰にも連絡がとれないし、友達や家族の名前を呼んでも返事はしない。 
 村の収穫祭に友達と来ていた。屋台が色々と出ているので、各々見たい屋台に行っては合流して、というのを繰り返していた。俺も面白そうな屋台を見つけたのでふらりと友達の輪から外れて、振り返ってアイツらを呼ぼうと思ったら誰もいなかった。
 気づけば祭囃子の音も聞こえなくなっており、会場となっていた神社から随分と離れてしまったのかもしれない。
「おーい、誰かー」
 呼んでも返事はしない。
 あんなに祭は盛況だったのだ。誰もいないはずがないと思うんだけど。
 もう一度、携帯電話を見てみるが、相変わらず圏外。しかもバグったのか時刻を表すはずの時計は数字が読めないし、待受も真っ黒に変わっている。さすがに寒気がしてきた。
 ポツリ、ポツリ、と雨が降り出した。
 最悪だ。
 傘はないし、調子に乗って着て来た好きなバンドのライブTシャツがべちゃべちゃだ。それに、楽しみにしていた花火もきっと中止になる。
 とにかく雨宿りするところはないかと、手当たり次第に歩く。慣れ親しんだはずの道なのに、どこを歩いているのかさっぱり検討がつかない。
「おや、迷子か?」
 和服を来た男の人が、おいでおいでと手招きする。
 見知らぬ人に近づくのは気がひけるが、道に迷っているので教えてもらいたい気持ちが勝ってしまった。それに二人分入れそうな大きな傘を差しているのも魅力的だ。
「すみません。道に迷ったみたいで」
「おやおや、長い事歩いたみたいだね」
「そうなんですよ。ここどのへんですか?」
「そうだねぇ」
 顎に手をあてて、男は考えるような仕草をする。そんな入り組んだところにいるだろうか。あたりを見渡しても竹ばかり。神社の裏山じゃないかと思っているけど、誰も答えてくれないし会えもしない。
 しばらくして、男は東の方向を指差した。
「まっすぐここを歩いていれば帰れるさ」
 指を指された方向を見ても、竹ばかりだ。
「いいかい。振り返らずにまっすぐ帰るんだ。君にはこの傘を貸してあげよう」
「え、でも、お兄さんが濡れるんじゃ……」
「はは、『お兄さん』か。なに、問題ないさ。わりと近所でね、走ればすぐさ」
「そ、それじゃあ、お言葉に甘えて」
 二人で入っても濡れないような大きな傘を受け取る。背中を軽く押されて教えてもらった道を歩き出す。
 そうだ、傘を返すためにも名前を聞かないと。
「あの、名前は、」
「馬鹿か! 振り返るんじゃない!」
 男の大きな声が聞こえたかと思うと、あたりが真っ暗な闇に包まれる。
 え、どこ。さっきまで竹林だったじゃん。
 あの男も見当たらないまま、意識が徐々に霞んでいく。雨に濡れて風邪でも引いたんだろうか。
 体中の力が抜けて地面に倒れるしかなかった。

「……やて、……颯……!」
 名前を呼ばれて意識が浮上する。
 目に差し込む光に眩しさを覚えて目を細める。知らない天井だ。消毒液のような匂いがする。頭の方ではピ、ピ、ピと一定のリズムで電子音が鳴っている。視界の隅に点滴が見えた。もしかして、病院か。
「はやて!」
 名前を叫ぶのと同時に右手をぎゅっと力強く掴まれた。この声は覚えがある。幼馴染の信飛古の声だ。
 左から俺の名前を呼ぶ母さんの声も聞こえる。
 うまく動かない体を動かしながら、首を左右に向ける。
 あれ、信飛古の声だと思ったのに知らない男がいる。母さんは間違いなさそうだが、それでも随分と老けたように見える。
「あの、誰ですか?」
 すぐ横で母さんが大きな音を立てて倒れた。見知らぬ男はギョッと驚いたように目を見開いたあと、慌ててナースコールを押した。

 目が覚めたら十年経っていた。
 なんて、信じられるか。
 いや、信じられなくても現実らしいのだが。

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▶︎綺想編纂館 朧様主催【文披31題】参加作品
DAY1:傘

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▶︎ヘッダー画像:kumako様
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