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夜と水と、もう来ないあの夏。

──もういいよ。

眠れないからひとり家を抜け出した
くるぶしまで夜に濡れながらあるいた
星もないのに思い出だけがちらついて
疲れちゃうよな、立ち止まるには早いけど

よく晴れた夏のこと忘れたっていいんだよ
もう済んだことだから
もう誰もいないから

ありがとうもさよならも
塗り潰しながら自分を描いた
売れる心すらないから
誰かの言葉で自分を編んだ

夜の水圧が僕だけの不在証明
胸騒ぎも憂いも、全部押し潰して
最後にのこったものを、僕と呼んであげる

腰まで上がった夜をかき分け進んだ
何でもいいからただ温度がほしかった
夢もないのに誰かになろうとしたって
疲れちゃうよな、今さらの話だけど

よく晴れた夏のこと忘れられなくたって
空が青いからって
風が吹いたからって

泣かなくていいんだよ

もういいかいの声だけが響くんだよ

ありがとうもさよならも
塗り潰すくらい遠くへ泳いだ
帰る場所はもうないから
見えない星の光を手繰った

夜の水圧が僕だけの不在証明
胸騒ぎも憂いも、全部押し潰して
最後にのこったものを、僕と呼んであげる

眠れないから何度も自分を描いた
いなくなったあの夏の自分を描いた
空っぽの夏から声だけが聞こえる

──もういいよ。


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