よる乃すい圧

夜と水と、もう来ないあの夏。

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夜と水と、もう来ないあの夏。

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    ハコモノグループ文芸部門のマガジンが登場。うれしいね。みんな

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静寂の海

 宇宙は真空のため無音であり、趣味の古い歌人などはよくそれを”静寂の海”などと喩えたものだった。何十年も前の風俗である。  今どきのOSには疑似立体音響システムが積まれているから、全くの無音ということは──少なくともパイロットにとっては──無くなった。機外の衝撃や熱、あるいはそれ以外の重力波を検知すると、システムがそれに応じた音を作って教えてくれるのだ。宇宙はずいぶん賑やかになって久しい。  しかし、システムの不具合か、電磁波の干渉か、はたまた説明し得ぬ何者かの仕業か──予期

    • 耐圧構造の改善に関する報告

       人間と触れる生活にあまり向いていないことが分かったので、心にかみさまを飼うことにした。  かみさまは全高20メートルくらいで、肌は白く触れると冷たい。冬場に触れたら少々温かく感じるかもしれない。無責任に差し伸べることがないよう手は無く、期待を持たさぬよう口はよく縫ってある。ただ、私の言葉を聞く耳と、私の有り様を見届ける目は大きくある。  いやな思い出を反芻したり、余計な心配がつのったときは、かみさまのことを考えることにする。ただ見ていてください。私はここにおりますから、と。

      • イータカリーナ

        手を触れないでください エサをやらないでください 目を見つめないでください だけどそばにはいてください 知った顔しないでください 憐れまないでいてください 僕なんか忘れてください だけど覚えていてください イータカリーナ 何十万光年、新幹線でも行けない距離 願うことすら馬鹿馬鹿しいのに 鳴らない通知を待ってばかり 自分の終えかたくらい 自分で選んだらどうって言われても たぶん、恋をしたのだ たぶん、望んだのだ 僕の孤独の首筋に触れたのだ 穴だらけになって くしゃくしゃ

        • 一旦落として再起動

          この詩のつづきは まだ考えてないけど きっとおそらくたぶんメイビー、 それなりには楽しい 夜風のまにまに 謝罪文を書くのも慣れた それだけじゃだめなんだね 君はまだ、いるんだね 一歩つまずくたびに 世界が終わるみたいに 大騒ぎしては晴れ 泣いては疲れ また明日 精一杯をやってみる もう一度雨に濡れてみる 泣くも笑うも僕しだい 春風は待てどもるらんら 前進だけをやってみる 泥んこも共に連れていく また飽きるまで生きてみる 春風は待てどもるらんら

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          夜と水と、もう来ないあの夏。

          ──もういいよ。 眠れないからひとり家を抜け出した くるぶしまで夜に濡れながらあるいた 星もないのに思い出だけがちらついて 疲れちゃうよな、立ち止まるには早いけど よく晴れた夏のこと忘れたっていいんだよ もう済んだことだから もう誰もいないから ありがとうもさよならも 塗り潰しながら自分を描いた 売れる心すらないから 誰かの言葉で自分を編んだ 夜の水圧が僕だけの不在証明 胸騒ぎも憂いも、全部押し潰して 最後にのこったものを、僕と呼んであげる 腰まで上がった夜をかき分

          夜と水と、もう来ないあの夏。

          ビニール傘と天気雨

          ホワイトノイズが町を包むから 少し遠くまで歩いてみる お日様に内緒で君の手をとって お茶でもしにいこうか 薄明かりの通り 知らない町並み 手のひらサイズの冒険譚 君ごしに見た空もしずくも 飾っておいてあげる まだいたいかな バイバイかな 空と同じように曖昧だな 言葉だけじゃもの足りないから 帰り道もつきあってよ ままならないことままならないまま ただ空が泣くに任せていたいんだよ 分かりたいから雲の灰色のこと

          ビニール傘と天気雨

          夜光雲

          長いながい夏の匂い 柔らかい記憶 咲いた花が散るまでよりゆっくり引く潮 月が昇るあとを追って吹くぬるい風 深いふかい夜の空 雲が游ぐだけ ねえ 聞こえるかなこの声 僕らまだここにいて 穴の空いた心で それなりの日々を歌って 忘れてった傘とか 書きさしの手紙とか こぼれた全部を乗せたまま 高くたかく 眠れ 夜光雲

          ばいばい、サニー

          今日はなんだかひどく眠いや ずっと歩きどおしだったから この旅に果てはないから 立ち止まる日があってもいい 大事なものはひと握り 忘れたいことは山のように そんなもんだ それでいいのだ この重さの全部が僕だ 暗くなって 暗くなって 誘蛾灯だけの夕になって 暗くなって 暗くなって 隣の君も見えなくなって 振り返って 振り返って 遠くの星と目が合った 太陽を置いていったのは 僕たちのほうかもしれないね 明日になったらどこへ行こうか ずっとこんな話がしたいな この旅に果ては

          ばいばい、サニー

          雨上がりまでふたりぼっち

          午前10時の無人駅で 来ない電車を待っていた 君はひとりで待っていた 雨が止むのを待っていた 屋根の雫のリズムもそこそこに 君の涙は見えないけど 持っていた傘を差し出した 濡れたまんまじゃ風邪をひくからさ 君が心配するほど世界は良くないし 期待するほど悪くもない もう一回等身大のままで 深く息を吸い込んで 藍寄りの灰色した高架下 自分の気持ちだけを透過した 言葉はいらない なんてことはない 言ってくれないと分かんない 遠くに見えるスクラップヤード うず高く積もるゴミの

          雨上がりまでふたりぼっち

          ある花のあとに傘ひとつ

          なんでこんなに晴れちゃったかな 結局パノラマ大快晴 今週いっぱい雨降り続きの 予報は手のひら大回転 君がいなくて広くなった家も これで見納めだからって 清々するさと強がる言葉も 出やしないけど 悲しい時に雨が降って 嬉しい時に晴れ渡るなんて ドラマみたいにはいかないし 終わりなんてないよ 今日の天気は生憎の晴れ リュックに収まる思い出抱え 雨が降ったら延期だって 日和る僕を見透かして 今日の天気は生憎の晴れ 二度と帰っては来ないからね 雨が降ったらまだ泣いていようって

          ある花のあとに傘ひとつ

          にんげんもどき

          決まった時間に起きること 遅刻せずに出社すること サボらずに仕事をすること 帰宅したらご飯を炊くこと 友達と喧嘩しないこと 喧嘩したらちゃんと謝ること 日々のささやかな幸せに せめて泥だけはかけないこと ネジの2本、3本外れた頭で 明日のことを考えても 止まった時間と流れる涙が渦巻くだけ にんげんもどきが走る にんげんもどきが歩く にんげんもどきが止まる 肩で息をしてる にんげんもどきが座る にんげんもどきが俯く にんげんもどきが呟く 愛されたいなと呟く 自分の居場所

          にんげんもどき

          スイングバイ、それから、

          信号機が赤から青に変わるまでの数瞬間 思い返せば今まで色んなことがあった 出会って、別れて、また出会って繰り返す 季節はいつの間にか夏から冬になっていた 信号機が赤から青に変わるまでの数瞬間 思い出せずとも残る足跡にいとまは無いが 触れて、離れて、遠回りしたサテライト 季節はまだまだ半周未満をゆっくり周回中 適当に繋いだプロトコル 不慣れなステップで二人踊る 間違う度に少し戻る 付かず離れずの明日を想う エンドロールの長いしっぽを 抱えて夜だけ眠れる僕の目を開いた君 雲

          スイングバイ、それから、

          どっちみち

          あれから何年経ったっけ 楽しいことだけ曖昧で 悲しいことにはバイバイできない 胸の痛みだけノンフィクション どう生きようにも不器用だ 気付けばすっかり無軌道だ レールを外れた青春の死骸が アリに運ばれてく あの日の話をしよう 言葉にして、藍だけを嘘にしよう 錆の浮いたバス停 手をつないだ帰り道 冷めきったアールグレイ 止まってたんだよどっちみち 白いばっかりの明日へ 動き出す退屈の日々 炎天下だけが夢 笑っていたいのさどっちみち

          晴天ブルーバック

          僕は待っている 君を待っている 街は眠っている 嘘みたいに この手をとってさ さらっておくれよ 理由はまた今度でもいいからさ 好きだとか愛してるとか 青い言葉はよく見えないな 指先の熱ばかりが本当だったんだ 透明に赤をひとすじ 何かがはじける音がした 晴天ブルーバック 夢中な 浮遊感 矛盾なく 綺麗なラストはもういらないよ 晴天ブルーバック 夢中な 数分間 狂った 時計の針はまだ直さないで

          晴天ブルーバック

          フィクション

          白と藍色が溶け合って 街灯がそっと目を覚まして 手を繋いで歩く帰り道 二人の影だけが伸びた道 「昼がおわる」と彼は泣いた 「夜がはじまる」と彼女は笑った 星は巡ってる 風は凪いでいる 前に進んでく 涙を置き去りにして 喉は渇いてる 呼吸をしてる 手のひらの温度だけが 全部だったらよかったのに 十把一絡げの思い出を けんけんぱのリズムで飛び越えて 遊び疲れたら木陰でひと休み ひと休み 季節は巡ってる あの子を待っている 夢と分かってる 心とはちがう場所で 星は巡って

          エンディングプロトコル

          旅の端っこを探している 明日のない今日を探している 積み上がる昨日は置いていく おもいだけの荷物も置いていく 繋がる度に増える傷も痛みも 私の輪郭線だって言うなら 溶かして薄めてこの指も声さえも 夏の彼方に 全部放り出して 今すぐ終わらせて 傾いた日の陰ででも眠らせて 私を忘れてよ 君のことも忘れるから 入道雲ばかりが眩しい そんな顔しないでよ 例えば誰かのいたずらで ボタンの掛け違いみたいにさ もっと早くに君と会えてたら もっと素直なことが言えたかな 今朝は久しぶり

          エンディングプロトコル