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トキシックロマンス-劣等パラドックス-最終話

 近頃この家に来る人間なんて大体見当はついたものの、鉛のように重たい叶汰の身体は動かなかった。居留守を使うか、どうするか。何時間も見ていなかったスマホを見ると、ショートメールの通知が大量に溜まっている。 「やっほう」 「今から行ってもいーい?」 「行っちゃおーっと」 「おなか空いてる?」  最後のメールからものの五分で、ジュリエットは叶汰の家に到着している。自分から連絡をよこしてくるなんて珍しい。それでも、とてもじゃないが人に会える状態ではなかった叶汰は天井を見ながら考えあぐ

    • トキシックロマンス-劣等パラドックス-#3

      「今日はどちらまで」 「神楽坂で会食があるの」 「かしこまりました」 「宮東、久しぶりな気がする」 「そうですね」  沙夜と顔を合わせたのは、それから更に二週間後のことだった。出張や商談が相次いでいるにも関わらず、疲れを一つも見せず凛としている沙夜は今夜もそれ以降口を開くことはなかった。 “――――探されていた曲、見つけたかもしれません”  その一言がなかなか出てこない。本来そんな気さくに話しかけていい相手ではない。目的地まではあと十五分程度しかない中、ハンドルを握る叶汰の手

      • トキシックロマンス-劣等パラドックス-#2

         叶汰は沙夜に曲を聞かれた時のやりとりをぼんやりと反芻していた。明日は休みだ。沙夜を送り終えた車を本部の車庫に戻すと、六本木へ飲みに出た。  時刻は深夜一時。自分が管轄しているナイトクラブへ顔を出し、スタッフに酒を振る舞ってから街中をあてもなく歩いていく。十月の中旬、朝晩は少々冷え込むようになった。秋めいた夜風が頬を撫でた時、叶汰の脳裏にふと、数時間前のコンクリートに広がる血溜まりが過ぎった。金扇組に入った当初は、ああいう現場に行った日には帰って何度も嘔吐していた。けれど人間

        • トキシックロマンス-劣等パラドックス-#1

           リリースからたったの三日で配信中止になった曲がある。高層ビル群の上にピンクの巨大な満月が浮いているジャケット写真と、微睡みを誘うメロウな曲調が沙夜の脳内を延々と巡っていた。 「沙夜さん、こいつらどうしますか」  廃墟ビルの地下一階。朽ち果てたコンクリートの仄暗い部屋には、低い天井の錆びたパイプに取り付けられた心許ないクリップライトが四つ。沙夜の周りには、黒いトレンチコートを身にまとった男が七人。部屋の中心には、手首を背中で拘束され、狼狽えながらひざまずく血まみれの男が二人。

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