美味しくいただきました。(『ストロベリーとシガレット』こばなし)

※本編読了後推奨
※2022年クリスマスSS

 いつのクリスマスだったか忘れたけど、一度だけ、千年がケーキを持って帰ってきたことがある。
 手渡された小さな紙の箱を分解するように開けると、スペースを埋めるための丸い厚紙に挟まれたショートケーキがひとつ、真ん中にぽつんと入っていた。
 ケーキ以外の色を塗り忘れたぬりえみたいな寂しい箱の中から、落とさないように慎重にケーキを取り出してお皿に置いた。じょうずに切り分ける自信がなくて、礼とふたつのフォークでそのまま食べることにした。
 その時、蛍はケーキのてっぺんにひとつだけ載っていたイチゴを礼にあげた。礼はもう「わーい」と無邪気に喜ぶほど幼くもなく、「いいよ」と意地を張って拒絶するほど年頃でもなかった。「いいのかな」という微かな惑いを浮かべておずおずとイチゴを口にした礼を見て、蛍はちょっとだけ後悔した。
 本当は蛍も、イチゴが食べたかったから。

     *

 それから十年ほど経った今では、ケーキをひとつしか持ち帰ってこなかった人物が悪い、と結論づけられるほどには大人になった。
 そして色んな意味で大人になった蛍の、その「色んな」の一端を担った男が、「ラス一だった」と言って寄越したコンビニの袋に入っていたケーキが今、蛍の目の前にある。
 こんな日にもお互いしっかり労働に勤しみ、もうとっくに零時を過ぎてクリスマス当日。先に仕事を終えて明のマンションで帰りを待っていた蛍に、アイコス咥えたサンタさんからのサプライズ(ってほどじゃねぇだろ、と本人は言うだろう)プレゼント。
 スノードームみたいな容器に入った丸いショートケーキ。蓋をかぽっと外すと、太くて短いロウソクみたいなケーキがプラスチックのトレイにちんまり収まっている。
 一緒に袋に入っていたフォークの包装を破いた明が、真ん中に鎮座するイチゴにフォークをぷすっと刺し、クリームのかけらをくっつけたそれを蛍の口元に差し出す。
 あの時、礼にあげたイチゴ。先に生まれた権限を振りかざして「もーらい」と口に放り込むことがどうしても出来なかったイチゴ。
 ぱくんと口に入れて、噛みしめた。薄くクリームを纏ったイチゴは、イチゴでもケーキでもない、なにかちょっと特別な味がする。
 明はそのまま、蛍の口にケーキをぽいぽい放り込んでいく。シチュエーション的には「はい、あーん」になるはずなのに、なんだろう、この餌やり感。ペンギンの気分。
「明くん食べないの?」
「いいよ」
「美味しいよ」
「見りゃ分かる」
 ケーキじゃなくてひとの顔を見て言う。
「食べればいいのに」
「これからな」
 もうなくなるよ、と言おうとした蛍の口の端についたクリームを、明が指で拭ってぺろりと舐め取った。そして、
「食物連鎖って知ってっか?」
 となにやら意味深な(そして不穏な)発言。
 知ってるけど。草をバッタが食べて、バッタをカエルが食べて、カエルを蛇が……あ、そういうこと。つまりケーキを食べた蛍を……いやそれ「食べる」違いでは。
 最後のひとくちが差し出される。フォークに載った甘いケーキの向こうには、悪い笑みを浮かべた人食いサンタ。
 ちょっと焦らしてみようかどうか、蛍は迷っている。
 なんせもう大人なのだから、駆け引きのひとつやふたつ、きっとじょうずにできるはず。


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