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いつか馬の背を洗った日

彼の家をかなり久しぶりに訪ねた。前回来た日を境にエアコンが壊れたらしく、18℃まで下げても生ぬるいままの強風を吐き続け、部屋はほんのわずかしか冷えていなかった。これはたまりませんなぁとぐちぐち言い合いながらも昼食も早々に体をじれったく弄り倒しセックスを始める。
暑すぎてすぐにバテてしまったけれど汗だくでそのまま寝落ちすることもできずふたりでバスルームに駆け込んだ。
メンズの香りが強いボディソープを彼の体に擦り込み丹念に洗ってゆく。ゆったり静かに預けられた彼の広い背中を手のひらと水圧で撫でていたら、馬を洗っている気分になった。そんな経験はないので前世のことかと思ったけれど、思えば地元には牧場が多かったし祭りの度にお披露目されていたので馬に会うことが多かった気がする。いつかの背に触れた記憶だろう。

壊れたエアコンの空気でも、打ち水された肌に纏わせればひんやり心地よかったので気分が良くなり、妖精たちが夏を刺激する曲を歌ってバスタオルをはためかせ裸で踊った。(あとでMVを見たらただ風が強いだけでバスタオルは出てこなかったので、別の曲と間違えていたっぽい)
散々楽しんだら猛烈な睡魔に襲われ死んだように眠る。目を覚ますと一緒にベッドにいたはずの彼は床で寝ていて、部屋は生ぬるさに拍車をかけていて、なのにもう一度セックスをして、汗かいたねぇとケラケラ笑ってまた一緒にシャワーを浴びた。彼の背中はやっぱり馬を思わせた。

高校の裏には馬の牧場があり、帰りによく彼氏と見に行っていた。母馬と子馬が並んで走っていたり、草を食んだり、人慣れしていたのかこちらに寄ってきて触らせてくれたりしたのを思い出す。懐かしさに駆られストリートビューで昔住んでいた家から高校までの通学路を通りながら牧場に辿り着くと、馬の姿はなかった。手入れもされず草の伸びきった広大な土地に、窓を閉じられ朽ちた馬屋だけが残されていた。
優しい記憶は無闇に掘り起こして現在の日の下に晒すもんじゃないなと思った。身体の奥深い場所へ小石を投げ込まれ記憶の澱が舞うことは多々あるが、もやんとしたままの姿を見るに留めておいたほうがいいときもある。
だけどまあそういうのに限って深追いしてしまって、傷をえぐったり泣いたりもんどり打ったりしてやるせなくなって深夜にマクドを買いに走っちゃったりするのを生きると呼ぶのでしょうね。

実物大の馬をAR表示してあげるってGoogleが提案してきたので呼び出したら部屋が大変なことになったしわりと怖いし思っていたのとちょっと違ってより悲しくなった。

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