見出し画像

2022年のベスト・アルバム:純正律/微分音

BEST OF 2022」と「2022年のベストアルバム:「声」」に引き続き、年間ベスト的な記事になります。
この年にはチューニングに純正律/微分音を用いた作品がここ数年の中でも比較的多く耳に留まったように思います。こういったアプローチはそれが伝統として根付き音楽性を特徴付ける大きな要素となっている世界中の様々な地域の民族音楽はもちろん、それを(多くはアカデミックな立場から)研究/分析し取り入れた作曲家(いわゆる現代音楽などの文脈)の作品にも多く例があると思いますし、今回紹介する作品もいくらかはそのような流れに位置づけられそうですが、近年ではBitwigやAbletonにチューニングを自由に設定できるデバイス(それぞれMicro-pitchMicrotuner)が付属していたり、scalaファイルを読み込むことで様々なチューニングに対応するシンセ(Pianoteq、HIVE、Falcon、Chromaphoneなど主にソフトシンセ)が出ていたりと、電子音楽の制作分野で自由なチューニングへの欲求をカバーしようとする動きが盛んになっている印象です。こういった動きでこれまで敷居の高いイメージだった(というか実際に敷居が高かった)チューニングの自由な設定、ひいては純正律/微分音のアプローチはおそらくこれから多くの人が奔放に試行錯誤できる領域となっていくでしょうし、2022年には既にその兆しが各所で表れているとも言えそうです。私が見落としている作品でこのようなアプローチを用いたものも多くあるはずですし、みなさんもこれからの音楽を聴く際にはチューニングの試行錯誤を一つの視点として持っておくと面白い聴こえ方をするものに出会えるかもしれません。

以下、9作品を紹介します(ほぼ作品を載せるだけ)。これらの作品は純正律(これにもいろいろと種類があります)や微分音を用いていますが、それらの調律はそれぞれ異なっており(内実が明かされておらず、筆者も分析できていないものも含まれています)、また複数の特殊なチューニングを用いていたり、それを12平均律と対置させたりといったアプローチをとっているものもあります。


・Christina Vantzou, Michael Harrison and John Also Bennett『Christina Vantzou, Michael Harrison and John Also Bennett』

参加しているMichael HarrisonはLa Monte Young(とPandit Pran Nath)に師事し、7リミットから5を抜いた独自の純正律によって演奏された歴史的名作『The Well-Tuned Piano』にも正に調律(!)で関わった人物とのこと。本作では「Michael Harrison: Modified Revelation Tuning」と「Michael Harrison: Ragas in D Just Intonation Tuning」という2種類のチューニングが用いられており、前者は『The Well-Tuned Piano』と同じく3/2と7/4の比の重ね掛けで算出された値から3/2の重ね掛けの値を多く取り入れたいわばバリエーションのようなチューニングとなっています。ありがたいことにそれぞれのチューニングの内実もbandcampのページに掲載されている画像で知ることができるため、同様のチューニングで演奏など行うことも可能です。

BitwigではMICRO-PITCHデバイスを左のようなセッティングにすれば「Michael Harrison: Modified Revelation Tuning」、右のようなセッティングにすれば「Michael Harrison: Ragas in D Just Intonation Tuning」で演奏できます。

Ableton Live Suite(11.1以降)をお持ちの方はMicrotunerというデバイスに下のリンク先にあるsclファイルを読み込んで、「Michael Harrison: Modified Revelation Tuning」であればBase Freqを349.2に、「Michael Harrison: Ragas in D Just Intonation Tuning」であれば293.6に設定すればアルバムで使用されているチューニングで演奏できます。

純正律の仕組みについてはこちらも参考になります。大雑把にでも仕組みを理解すれば自分で独自のチューニングを作ることも容易です。


・John Also Bennett『Out there in the middle of nowhere』

先掲の作品にも参加しているJohn Also Bennettのソロ作。ラップスティール・ギターのサウンドをリアルタイムでMIDI信号へ変換し、微分音チューニングされたDX7を鳴らしているそうです。


・Deathprod『Sow Your Gold In The White Foliated Earth』

ハリー・パーチの楽器を使用した作品集ということでかなり細かな微分音程があちこちから聴こえます。凄い。


・Julia Reidy『World in World』

純正律ギターを使用。


・Debit『The Long Count』

作品の紹介文によるとマイクロトーンで作曲しているらしい。そもそもいろんな響きが蠢き溶け合っているような作風なのでその実態は掴み難いですが、それで複雑なコーラスがかかったような効果を得ていたり、微妙なベンディングのニュアンスで生き物の鳴き声のようなサウンドを生み出したりしている印象です。


・Yoichi Ichikawa『Sea Of Solaris』

主音の異なるふたつの7リミット純正率を、共通音をピボットとして緩やかに遷移させていく作品。Ichikawaさんは2021年リリースの『Drone Studies 3』以降、スペクトラル・フィルターを用いた純正律ドローンの作風を継続的に試行されていますが、本作はその集大成のような作品と述べられています。


・Shuta Hiraki『Circadian Rhythms Vol. 2』

「24平均律(24~600hzに適用)」と「25平均律(25~600hzに適用)」を並置。


・Active Recovering Music (Masahiko Okura)『Material Unity 2』

多重チューニング(おそらくは半音の1/3(=33.3CENT)ずつずらした3パターンの)サイン波束と、ピアノ(すなわち倍音を従えた12平均律)を並置。


・Antti Tolvi『Spectral Organ / Feedback Gong』

(おそらくですが)1曲目にて経年によってチューニングのずれたオルガンを使用。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?