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2022年のベストアルバム:「声」

BEST OF 2022」に引き続き、テーマを決めてこの年のベストアルバムというか印象に残った作品を紹介してみたいと思います。
タイトル通りなんですが、2022年には(あくまで私のよく聴くようなアンビエントだったり抽象的なエレクトロニック・ミュージックなどの分野で)声の存在が耳を引く作品に多く出会いました。
これらの作品はそれぞれ声の所在(アーティスト自身の発声なのか、既存の音源をサンプリングしたものなのかなど)や用い方は大きく異なっているので一緒くたにして何らかのムーブメントとして語れるものではおそらくありませんし、個々の作品における音楽性についても劇的に新しいことが起こっている印象はあまりなく、近い作風のものはこれまでも毎年ある程度出てはいたんじゃないかと思うのですが、自分のモードがたまたまそれらに向いていただけなのか、または数やクオリティが高かったのか、一年という期間を振り返った時に真っ先に浮かんでくるサウンドではありました。なのでまあとても個人的な気分を反映した程度のものですが、作品はそれぞれ素晴らしいのでよかったら聴いてみてください。
作品に見出せる共通項などからざっくり7つの観点に分けて、16作を紹介します。



《ポスト・ヴェイパー?》

Romance『Once Upon A Time』/ Cadu Tenório『Lágrima』

https://youmustrememberthis.bandcamp.com/album/once-upon-a-time
https://cadutenorio.bandcamp.com/album/l-grima

特にヴェイパーウェイヴ以降多方面に波及、定着した感のある音声のスローダウン(いわゆるスクリュー)を用いた二作。セリーヌ・ディオンを大胆にサンプリングしたRomanceも友へ宛てられた哀歌として鳴らされるCadu Tenórioも、その手法によって奇異さやエフェクティブな感覚より歌声のエモーションを真摯に増幅する効果を得ており、感情に寄り添うアンビエントとして素晴らしい出来です。



《歌のある風景》


Ayami Suzuki『Vista』/ Adela Mede『Szabads​á​g』/ Alliyah Enyo『Echo's Disintegration』

https://cosimapitz.bandcamp.com/album/vista
https://adelamede.bandcamp.com/album/szabads-g-3
https://somewherebetweentapes.bandcamp.com/album/echos-disintegration

自身の歌声を、その記名性が失われない程度にはっきりと用いた三作。しかしそれらの声は言葉が欠如していたり、もしくは不明瞭であったりと、そもそも揺蕩うような存在であることが強調されている印象で、更にそれが(Ayami Suzukiは現場での、Adela Medeは事後を含んでの、そしてAlliyah Enyoはそれらをアルバムの前後編で跨いでの)エフェクトやフィールドレコーディングと混ざり合うことで「歌もの」という重力を手放し、「歌のある風景」または「歌が発生し得る磁場」の録音として耳に届きます。Ayami Suzukiのタイトル「遠景」が象徴的で素晴らしい。



《エレクトロニック》


Caterina Barbieri『Spirit Exit』/ Kelly Lee Owens『LP.8』

https://caterinabarbieri.bandcamp.com/album/spirit-exit
https://kellyleeowens.bandcamp.com/album/lp-8

ハードコアな電子ドローンから流麗なアルペジオ主体の構築的な作曲へと転身してきたCaterina Barbieriと、クールなエレクトロ・ポップな作風から本作にてグッとエクスペリメンタル度を強めてきたKelly Lee Owens、対照的ともいえる変化の過程にある両者の作品は、(ジャンル的にはやや距離はあるのですが)声と電子音の互いが互いにとっての欠かせないピースとなるような緊密な融合という点において甲乙つけ難い完成度を見せつけてくれます。それぞれのキャリアの歩み、エレクトロニック・ミュージックという分野に収まりながらも綺麗には重ならない音楽性も相まって、この二作を並べて聴いていると、近しい資質を持ちながらもすれ違う二人、といった妄想をついしてしまいます。



《西洋的枠組みへの眼差し》


Pan Daijing『Tissues』/ Wojciech Rusin『Syphone』

https://pan-daijing.bandcamp.com/album/tissues
https://ad93.bandcamp.com/album/syphon

オペラの要素を取り入れたPan Daijingと、中世~ルネッサンス期の音楽の引用で成り立ったWojciech Rusinは、どちらもソプラノボイスが濃い存在感を放ちながら、しかし簡単に(例えば旋律的な軌跡といったかたちで)記憶に定着してくれない抽象性を持った作品でした。私はオペラに対する理解も中世~ルネッサンス期の音楽の知識もマジ皆無なので、両作に対して見出せる共通項はソプラノボイス用いてるってだけの低次元なものですが、しかしそれでもサウンドからは飲み込まれるような魅力を感じ取ることができます。どちらも特に何も考えなくとも「凄え……」となれる作品ではないかと。前書きで「劇的に新しいことが起こっている印象はあまりない」と書いてしまいましたが、この二作については語り切れないところがとても多いという意味で新しさを存分に感じました。


《フォーキー》


Dania『Voz』/ Julia Reidy『World in World』

https://daniavoz.bandcamp.com/album/voz
https://blacktruffle.bandcamp.com/album/world-in-world

楽器と声、そしてルーパーやエフェクトも用いアンニュイかつフォーキーなサウンドを生み出す2作。楽器のみの曲や、ボイスのループ/レイヤーのみで形作られる曲も収められていますが、やはり最も魅力的なのはそれらの折り重なりでしょう。Daniaの作品は最初聴いた時には先に挙げている「歌のある風景」として聴こえる作品群と近しい感触も少しあるように感じたんですが、聴き込むほどにそれよりも自身の内面に深く降りていくような「個室」的な趣が強いように思えてきました。純正律ギターを用いたJulia Reidyの作品はGrouper以降広く認知された感のあるドローン・フォークまたはアンビエント・フォークのサウンドが持つアンニュイさに、また一味違うものをもたらしたような中々にフレッシュな一作でした。



《エレクトロニカ》


ulla『foam』/ Debit『The Long Count』

https://ullastraus.bandcamp.com/album/foam-2
https://open.spotify.com/album/5E3VtquEh09l4f1jvLbksN?si=GHUVgY9pQ92LQkeyhiQCfA

声に対し、これまで紹介してきた作品に比して各段に複雑なエディットが施された二作。ullaの作品はほどよくランダムなカットアップのラインと定型的なオーディオ・ループのラインが、ちぐはぐなはずなのに安らげるハーモニー/レイヤーを形成し「古き良きエレクトロニカ」を思わせる新境地の一作に。そしてModern LoveからリリースされたDebitの作品は彼女のルーツでもあるメキシコのメキシコ国立自治大学マヤ研究所のアーカイブを利用し、マヤの管楽器(笛、オカリナ、フルート、トランペット)のサウンドを機械学習技術(CREPEというピッチトラッキング・モジュール)を用いて解析、それを落とし込んで作られたデジタル仮想楽器によって奏でられる実験作品。管楽器のサウンドの解析が作品の核なので「声」をどうこうというのはおそらく主眼ではなく、作品から多く聴こえてくる声らしきサウンドももしかしたら管楽器のサウンドから取り出されたものなのかもしれません。これ単体で聴くとかなり実験的なサウンドに思えますが、ullaの作品と並べて聴くと、カットによる断面を活かしたullaと複数の響きが蠢き溶け合うDebitという単純なサウンドの肌触りはもちろん、和声的色合い、そして「エディット」と「解析」の関係など、通じる要素を持ちながらもアプローチや出力にコントラストが感じられ、現在のエレクトロニカの文脈に結び付けられる興味深い一作とも捉えられるんじゃないかと思います。



《アンビエント・ドローン》


Malibu『Palaces of Pity』/ Sachi Kobayashi『Magic Spell』/ Zguba『Zn​ó​j』

https://mmmmalibu.bandcamp.com/album/palaces-of-pity
https://umerecords.bandcamp.com/album/magic-spell
https://zguba.bandcamp.com/album/zn-j

アンビエント・ドローンの流れにある三作。そのサウンドに声が混じることとで音楽には子守唄、または鎮魂歌的な感触が宿っているように感じます。和声の色合い(とジャケの印象)によるところも大きそうですがSachi Kobayasiは安寧感の持続する子守唄的な性質で、Zgubaは哀し気なクワイア~レクイエム的性質で、そしてMalibuはそれらの中間領域でうたた寝するようなアンニュイさで空間を満たしてくれます。


以上になります。
最後にまとめとして書きながら思い浮かんだことをいくつか。作品のセレクトを終えてから気付いたんですが、今回選んだ作品から聴こえてくる「声」はその大半が(アーティスト個々人の性自認を知らないため女性というのが適切かはわかりませんが)女性のほうがおそらく容易に出せる音域や声色であったので、自分の耳のほうにステレオタイプ的なものをめっちゃ感じました。紹介した音楽性やアプローチは、男性のほうが出しやすい音域や声色で表現できない理由は特に思い浮かばないので、そういった作品にも今後しっかり耳を向けていきたいですし、なんなら自分でも試してみたいと思います。
また2022年の音楽で特に目に留まった動向の一つに、シューゲイザーの再解釈とそれによる広がりがありますが、ここで紹介した作品というかそれがもつ流れのいずれかは、それと何かのタイミングやきっかけで繋がってもおかしくないような気もちょっとします。
他にも声が印象的な作品は結構出ていて、特に今作にて初めて歌を大々的に披露したEllen Arkbro & Johan Graden『I get along without you very well』と、以前のエレクトロニクスと混在した即興的音声マテリアルもしくはポエトリーリーディング的な声からはっきりとした旋律を辿る歌へと比重を転換して見せたLucrecia Dalt 『¡Ay!』はインパクト大でした。ということで最後にこれらも載せときます。

https://ellenarkbro.bandcamp.com/album/i-get-along-without-you-very-well
https://lucreciadalt.bandcamp.com/album/ay


テーマ決めずランキング形式で選んだ年間ベストも書いてますのでよかったらこちらも是非。


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