見出し画像

アルバムレビュー - Hoan Kiem Chess Team『Paskal's Dream』

タイ東北部イーサーンを拠点に活動するアーティスト/エレクトロニック・サウンド・デザイナーHoan Kiem Chess Teamによる2019年リリースのアルバム。

本作は(先日のPhil Maguire『zeemijl』のレビューでも触れていますが)2010年代に入ってしばらくした辺りから盛り上がりが視界に入るようになった小規模のシステムから生み出される電子音楽を主に扱うカセットレーベル群(例えばDinzu ArtefactsFaltなどなど…)の中でも確かな存在感を放っているSoft Errorよりリリースされています。

Soft Errorはこういったレーベル群の中でもリリースを厳選している印象があり、そこに名を連ねているのはGiovanni Lami、Chemiefaserwerk、Phil Maguire、Miki Yui、Masayuki Imanishi、Jos Smoldersなど、自身でレーベルを運営していたり方向性の近いレーベルからのリリース実績を積んでいるアーティストがほとんどである中、Hoan Kiem Chess Teamは本作以前にはネットレーベルからのフリーダウンロード作2つと(おそらく自主リリースでの)NYPのアルバム1つのリリースしかない状態であったため、ちょっとしたサプライズリリースといえるかもしれません。

音楽性はモジュラーシンセやDIYのエレクトロニクスによって生み出されるループと(過度に耳障りでない)ノイズサウンドの簡素な並走といった感じで、ここまでに名を挙げているレーベルやアーティストの作品を聴いたことがある方にとっては別段驚くことはない、ある意味ではすぐ耳に馴染むサウンドであるかと思います。

ただそんな中でも特徴となっている点を挙げるとすると、Ciat Lonbardeというドイツの小規模メーカーのモジュラーシンセを用いているところでしょうか。本作にはCiat LonbardeのシンセからSidrax OrganとCocoquantusの使用クレジットがありますし、他の作品のクレジットを見るとPlumbutterやTetrax Organなどの同メーカーの他機種も使用されていて、このメーカーのシンセが制作の中心になっていることが伺えます。Ciat Lonbardeのシンセは木材のパネルに説明などの記載がないプラグ穴が無数にあったり、タッチセンサーやノブ、フェーダーなどが埋め込まれた独特なヴィジュアルで人気なようです。日本語の情報は少ないですがyoutubeで検索したりすると演奏動画が沢山出てきます。


*Sidrax Organ(とリバーブ)による即興演奏の動画。


*アンビエント・アーティストr benyによるCocoquantusとOP-1を用いた演奏動画。(r benyは他にもCiat Lonbardeのシンセを使用しているようです。Sidrax Organの演奏動画もありました。)


Hoan Kiem Chess Teamの作品の中ではこれらのCiat Lonbardeのシンセに加え、DIYエレクトロニクスがよく表記されていて、『Paskal's Dream』でもおそらくそれによるものと思われる木材が金属がぶつかってたてるようなカタカタとした音がところどころで程よく耳を小突きます。

本作はトータルで16曲57分と、容量的にこういったこじんまりとしたエレクトロニクス作品としては大きめなのですが、限定された機材構成でありながら途中で聴き飽きて止めたくなるようなこともなく、聴き手の意識に対して微妙にツボを変えながら刺激を与え続ける手際は非常に見事なものだと思います(ほんのり抒情的になるラストトラック「Goodnight」での締めもニクい!)。ミニマル・エレクトロニクス的なの好きな方ならチェックして損はしないはずと思えるクオリティですし、例えば自分でフィーレコしたりする方の耳にもアピールするものがあるんではないかと思います。


あと多分オフレコとかではないので書きますが、Soft Errorは2020年現在既に新たな音源の受け入れを停止していて、残り何作かをリリースしたのちレーベルの活動も停止するようです。素晴らしいレーベルで個人的にもここからいつかリリースしてみたいとか密かに思い続けていたんですが…。今回初めて知ったという方にはリリース多くないレーベルなのでこの機会にまとめてチェックしてみていただきたいです。



以下はHoan Kiem Chess Teamの最新作と過去作。

2020年リリースの最新作。自主リリースでNYPです。より音に厚みが出て音楽的に(というかエレクトロニカに近く)なったかなという印象。

『Paskal's Dream』の前作にあたる2018年リリースの3作目。自主リリースでNYP。

2015年にネットレーベルGame of Life labelからリリースの2作目。アートワークにはCiat Lonbardeのシンセが!フリーダウンロードできます。

2013年にネットレーベルGame of Life labelからリリースの1作目。フリーダウンロード。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?