弁護士視点からの「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」解説〜第12話

ミル生命の次長キム・ヒョンジョンが部長に呼び出され、自ら退職するよう促されます。これを「退職勧奨」と言います。解雇ではないので強制的に従業員たる地位を失わせる法的効果はありません。あくまで自主的に退職することを勧めているだけです。日本ではリストラの際に用いられる最もメジャーな手法でしょう。韓国も日本と労働法制度や社会環境が似ているので、リストラの手法も似てくるのではないでしょうか。

人事部長曰く、社内結婚している者をリストラ対象者に選んだとのこと。と言いつつ、夫婦のどちらかではなく女性であるヒョンジョンを狙い撃ちしてます。「自主退職」しなければ、彼女の夫が「無給休職」の対象になるとも言います。
「妻が夫のキャリアを邪魔するんですか?」
「親も喜びませんよ 嫁が働きに出て息子が家にいるなんて」
「こんなときこそ内助の功ですよ」
何から何まで日韓は似ています。

韓ドラによく出てくる「次長」「代理」「チーム長」がそれぞれどれくらいの役職なのか、自分には分かりません。しかし本話でのここまでの描き方だけでも、ヒョンジョン次長がキャリアを築いてきたことは分かります。そして、そのキャリアを女性だというだけで一瞬で否定されたことも。

ミョンソクが朝から執務室でファーストフードを食べています。ソニョンから徹夜か?と問われ、明け方に1度帰宅しましたと答えます。ミョンソクは下っ端ではなく、韓国で一二を争う大法律事務所のパートナー弁護士です。同じような立場の弁護士に対する取材に基づいた描写だと思います。
殺人事件でたった懲役8年という成果を出したのにもかかわらず、かつての依頼者に逆恨みされて襲われたパク・ハクス弁護士のお見舞いに行くのだと、ソニョンは言います。こういうところまで本作はとことんリアルです。自分が知る限り業界いち温厚な性格の尊敬する先輩弁護士も、事務所に火を付けられて2階の窓から飛び降りて逃げました。
相手方に襲われる、依頼者に襲われる、それが当たり前にあるのが弁護士です。正直、自分は殺されることがあっても仕方ないかなと割り切ってます。消防士や警察官が殉職することがあるのと同じかなという感覚です。ただ被用者である事務所スタッフだけは絶対に守らなきゃいけないので、安全には気をつけています。

リストラに異を唱えて提訴してきた女性従業員は2人だけ。スヨンが指摘するように「夫が人質も同然なので」敢然と反旗を翻すことが出来る人は殆どいないのでしょう。日本の女性差別裁判として著名な住友3裁判でも、原告となる資格がありながら支援者に止まった人たちがいました。訴訟の原告になるというのは家族その他周囲の理解も得なければならないので、なかなか大変です。

相談に来たムン人事部長に対し、ミョンソクが提訴してきた原告の2人はどんな従業員でしたかと尋ねます。勤務態度等に問題があれば、解雇の正当性を主張できるからです。ムン人事部長は、2人ともよく働いてくれてたと正直に答えます。こういう正直さは、弁護士としてはとても有り難いです。リストラの正当性を主張したいがばかりに、自分の側の弁護士に対しても無理くり問題社員であったかのように話をされると、結局どこかでボロが出て訴訟は不利な方向に進んでいきます。正直に話して貰えるからこそ、弁護士はその事案でクライアントにベストな方針を検討し易くなるのです。なおこのムン部長の態度も分かり易いけどあからさま過ぎない、いつもの本作の伏線ですね。判決後のシーンに繋がります。

原告側代理人のリュ・ジェスク弁護士について質問され、ミヌが「負ける前提ばかりの裁判ばかりで勝率は高くありません。先ほどの裁判も全敗です」と答えます。もうこの時点でリュ弁護士が一騎当千のウォリアーなんだと、視聴している弁護士は気付きます。負ける確率が高い労働者側の著名事件を多数受けながら、自営業者として事務所経営をずっと維持して来ている。むちゃくちゃ喧嘩の強い弁護士じゃないとそんなことは出来ません。

本件の担当裁判官が、第6話で登場した横柄で個性が強すぎるリュ・ミョンハ判事であることが判明します。労働事件は民事事件の一種であるところ、刑事事件の判事が民事事件を担当することは日本ではありません。刑事事件畑の判事が民事事件に移動になることも、日本では殆どありません。司法制度が似ている韓国も同様ではないかと推測しますが、ドラマとして最高に面白い展開なので、自分はこのストーリーは大歓迎です。
「弁護人の本貫はどこですか?」
これは誤訳でしょう。労働事件は民事事件なので、弁護士は原告の代理人です。弁護人は刑事事件にしか登場しません。
自分が本話の凄みを感じたのは、一見頑固でオールドスタイル一辺倒のリュ弁護士が、サラッと裁判長の本貫ネタを利用してみせたしたたかさです。後の証人尋問シーンでも、彼女が建前や綺麗事を大事にしつつもそれに拘泥しない、依頼者の利益を実現するためなら躊躇せずあらゆる手を尽くす弁護士であることが描かれています。

”基本的人権を擁護して社会正義を実現する” 弁護士法第1条第1項です

弁護士法の規定も日韓は似ているようです。
ハンバダとミル生命の方針を非難し、訴訟方針に異を唱えるヨンウをミョンソクが叱責します。
「弁護士の仕事は弁護だ。依頼人の権利を守り、損失を防ぐことに全力を尽くさないと。私たちの専門知識は世の中をよくするために使うものではない。そもそも何が世界をよくするんだ?」
偽証を唆したり違法行為を推奨することは、それが例えクライアントに利益をもたらすとしても弁護士はしてはならないことでしょう。しかし法の枠内であれば、何が「社会正義」であるかについてはその人の立場や価値観によって様々な判断があり得るので、いったん依頼を受けたからには弁護士はそのクライアントのために全力を尽くすべきです。民間事業者である弁護士は、自分個人の価値観と異なれば依頼を断ることも出来るのですから。
なおヨンウがミョンソクの表情を分析して、怒っているのだと判断します。他者の表情からその感情を読み取る能力を自然には獲得できない人たちが、会話相手の目尻や口角の形状と感情との対応関係を丸暗記して、その時々の相手の感情を判断する手法があります。第1話冒頭シーンに、ヨンウのクローゼット内にその一覧表が貼ってある場面があります。

法廷シーンはいきなりムン人事部長の証人尋問から。
ムン人事部長はリュ弁護士から退職勧奨時の発言を問われ、全て認めます。その上で
「それはあくまで私の考えです。会社の方針とは関係ない私見にすぎません」
と回答。これは防御法としては見事です。
ヒョンジョンに対する退職勧奨は不意打ちだったので、録音されている可能性はありません。このときの発言を証明する証拠を原告は持っていないのだから、戦術としてはそんな発言はしていないと否定しても良かったところです。しかし嘘は常にバレたときに圧倒的に不利になるリスクを伴います。
会社全体としては正当かつ合法的なリストラを進めていたところ、担当者がその過程で会社の方針に反する失言をしてしまった、それは偶発的かつ些細な瑕疵(かし)に過ぎないので被告である会社の行為には何ら問題がないという主張は、なかなか強固で崩すのは困難です。「失言」した本人が自らの非を認める証言をしているので、裁判所から見ると説得力もあります。

次の法廷シーンは、ヒョンジョンではないもう1人の原告尋問から。
「偽りを述べた時は偽証の罰を受けることを誓います」との宣誓文読み上げには、やや疑問があります。第4話で解説したように、当事者である原告は嘘をついても偽証罪には問われません。過料の制裁はありますが、それを「偽証の罪」と言うだろうかという疑問です。

リュ弁護士が、ミョンソクの言葉を消化できないまま受け売りを口にしたヨンウに言います。

でも弁護士は人間でしょ
判事や検事とは違います
判事や検事の”事”は”仕事”だけど 弁護士の”士”は”人”でしょ
判事や検事にとって案件はただの仕事でも弁護士は違います

ここはグッと来ました。判事や検事は異論あるかもしれませんが、割り当てられた仕事をする公務員の彼ら彼女らと、民間事業者である弁護士は確かに立ち位置が違います。

私たちは人として1人の人間として依頼人の隣に座るんです
”あなたは間違っていない 応援してる”
そう言って手を握るのも大切なことなんです

そうありたいと自分も常々考えています。

本話では、何者かによりムン人事部長の手帳がリュ弁護士に送られてきて、ムン部長の退職勧奨手法が個人プレーではなく、会社の方針であることが判明しました。あらゆる局面で全力を尽くすのが弁護士の仕事なので、ミョンソクは何とか証拠排除させようと抵抗します。しかし違法証拠排除がルール化されている刑事訴訟と異なり(ただし日本刑訴法には韓国刑訴法のような明文規定まではありません)、民事訴訟では証拠が法廷に顕出されるまでのプロセスの合法性は要求されません。ムン部長の手帳は証拠として採用されます。
なお前記住友3裁判のひとつ住友金属訴訟でも、女性を意図的に昇進させない基準になっている秘密考査資料が弁護団に送られてきました。机上に置いてあったムン部長の手帳と異なり、これは社内でもごく一部の者しか閲覧できないレベルの極秘資料なので、人事部もしくは取締役など経営層の人物による密告だったのではないかと想像しています。

住友金属男女賃金差別事件勝利和解の意義  弁護士 宮地光子
http://wwn-net.org/wp-content/themes/WWN/pdf/04.pdf

弁護士実務に忠実なことが魅力で、かつ弁護士倫理上生じる葛藤を丁寧に描いている本作において、残念なのは本話のラスト設定です。
ヨンウとスヨンが原告とリュ弁護士の第一審打ち上げに誘われ、参加します。しかしこれは現実にはあり得ません。訴訟が完全に終結していれば、被告代理人が原告本人と接触することは構いません。その手腕を評価したかつての相手方本人が次の依頼をしてくることもあります。しかし本話の原告たちは一審判決を不服として控訴しています。ハンバダはミル生命を勝訴に導いているので、控訴審も受任しているはずです。事件が継続中であるにもかかわらず(事件が裁判所にかかっているので「係属中」とも言います)、弁護士が相手方本人と私的に交流することはあり得ません。最高裁まで確定した後に誘われた設定にすれば良かったのではないかと思います。ただ脚本家としては、この打ち上げが第13〜16話のヨンウに影響を与えたことにする必要があったのかもしれません。

いろんな言葉があるけれど 人生とは 誰かのために練炭一枚になることだ
床が冷えてきた日から春がやってくるまで 朝鮮八道で一番美しいのは
練炭車が音を立てて丘を上がっていく風景なのだ
自分のすべきことが分かっているかのごとく 練炭は一度自分の体に火がつくと
延々と燃え続ける
毎日 温かいご飯と汁物を食べていても気づかなかった
全身全霊で人を愛すること 孤独な灰の塊になることを恐れてしまう
だから私は今まで 誰かの練炭一枚になれなかった
考えてみれば人生とは 自分を粉々に砕くことなのだ
雪が降り滑りやすくなったある日の早朝 私ではない誰かが安心して歩けるよう
道を作ってあげることも知らなかった

原文のまま理解できるようになりたい、毎回毎回そう思う、第12話のラストです。

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