弁護士視点からの「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」解説〜第15話

最終の第15話第16話はドラマとして面白く、個人的に大好きなエピソードやギミックも多い回です。
ただチャン・スンジュ弁護士のキャラ造形は、自分にはあまりリアルに感じられません。チャン弁護士は顧客の前で見栄を張って、自分の知識や経験をひけらかします。ここまでは現実にもあり得ることだと思います。しかし弁護士は結果を出して初めてクライアントからの信頼を得られるので、われわれの業界で軽薄な人は自分の知識や能力の無さを自覚しつつそれを顧客に隠し、有能な勤務弁護士に調査させた結果をあたかも自分の知識や成果であるかのように振る舞うのが常です。この業界の「ええかっこしい」は、部下や他人の成果を奪う「ええとこどり」を伴う、いずれにせよ結果は出すものなのです。
なので、ヨンウの調査結果を受け入れず、自説にこだわって失敗するチャン・スンジュの姿は、自分には現実の弁護士像からかけ離れているように感じます。全ての弁護士を知っているわけではないので、あくまで職業的な感覚の話ですが。

国はフィーの高額な弁護士を雇えないから訴訟で負けることが多いとの、チャン弁護士のクライアントに対する説明に興味を持ちました。
まず日本では、行政訴訟で国が負けることはあまりありません。チャン弁護士の言っていることが現在韓国の実情なら、日本とはだいぶ様相が違います。
また日本では国が訴訟の当事者となるときは、国が民間の弁護士に依頼することは殆どなく、通常は訟務検事が代理人となります。訟務検事は、法務省内で民事訴訟と行政訴訟つまり刑事訴訟以外を担う検事のことです。判検交流という制度で検察庁に出向した判事が訟務検事に配属されることが、司法の公平性を歪めているとの批判があります。

裁判長が前シーンでのヨンウと同じく、全国民ではなく全国民の80%だと指摘するシーンはコミカルでもあり、われわれ視聴者のカタルシスを満たす場面でもあります。と同時に、この場面はわりとリアルだと感じました。というのも弁護士や裁判官になる人は、子どもの頃から理屈っぽいとか細かいことにこだわり過ぎると言われてきた人が少なくありません。自閉症等の診断がついてないまでも、ヨンウと共通した要素を持っている人が比較的多い業界だと思うのです。
なおラオンが原告、国が被告とされているので本件は、国がラオンに課した課徴金賦課決定の取り消しを求めてラオンが国を訴えた行政訴訟だと思われます。

追い込まれた巨大プラットフォーム企業ラオンの経営者ペ・インチョルは、裁判長を懐柔するための酒席を用意します。それにチャン弁護士が協力してしまうのも、ドラマの演出とは言え、自分にはやり過ぎと感じます。韓国の司法制度が日本のそれと様々な面で似ており共通点が多いことを考えると、弁護士ならそのような席を用意しただけで裁判官が激怒することを容易に予想し得たし、クライアントがそのアイデアを口にしただけで制止するはずだと思うのです。
ただし、ペ・インチョルが用意していた現金を見せたとき、チャン弁護士とミヌがギョッとして困る演出は良かったと思います。饗応なら大学の先輩とたまたま懇親しただけと言い張る余地もあるところ、現金の授受をしてしまえば客観的に「請託」(公務員の職務に関連したお願いをすること)の存在が確定して贈収賄罪が成立し、一線を越えたことの言い訳が不可能になるからです。

高額の課徴金を課すには保護措置の欠缺(けんけつ)と情報流出との間に「因果関係」あることが必要だと主張するハンバダ・チームに対し、国側代理人が法改正により「因果関係」は不要になったと説明します。
語順が変わっただけではないか、どういうことだ?チャン弁護士が問いかけます。が、ここは法律家ではない原告が弁護士に質問するシナリオにして欲しかったところです。なぜなら弁護士は、”〜により”とか”ただし〜”とかの表現や語順による法的要件の意味を理解できるようになって初めて付与される資格なので、弁護士ならば法律の文言が変更されているのに「語順が変わっただけ」と思うことはあり得ないからです。前半に比べると、脚本がやや雑になっているように感じます。

改正法の施行は19日。ハッキングされたのは18日。それを主張してはどうかというヨンウの提案をチャン弁護士が声を荒げて一蹴し、ヨンウをチームから外します。チャン弁護士曰く、情報流出は19日の改正法施行後も継続していたので、ヨンウが言う旧法が適用されるべきとの主張は採用されるはずがないとのこと。一理あります。
期日当日、スヨンがチャン弁護士の意向を無視して、ヨンウの提案を主張します。

「私はすべきことをしたんです」

そう、依頼者の利益になる可能性が一縷でもあるのであれば、裁判官に鼻で笑われようが、相手方に嘲られ恥をかこうが、その嘲笑を一身に受けるのが弁護士の任務です。
加えて本件では、世論を受けての法改正とはいえその適用第一号であり、国内屈指のプラットフォームがたった1度の失敗で倒産に追い込まれるのは気の毒だと裁判官たちも考えている可能性があります。ましてや、追い込まれた代表者の1人が服毒自殺まで図っているのです。裁判官の心証に影響を与えていないはずがありません。裁判官の価値判断が揺らいでいるときに、裁判官も乗ることの出来る法解釈を提示する、形式的法適用をしたら気の毒だと思い始めているときに法的エクスキューズを裁判官に与え、実質判断と形式判断の整合性を取らせる、それが弁護士の仕事です。
スヨンはまさに弁護士としてすべきことをしたのです。スヨンの弁護士魂に触発されたミヌが、法解釈論を追加し裁判官への追い打ちを掛けます。ミヌが言います。

「どうか原告の事情を酌んでください」

法律というものはそもそもケースバイケースで現場判断できるように、最終的に裁判官が事案に合わせて適用できるように一定の余白を空けて作られています。
したがって裁判官たちは、杓子定規に法適用するのが自分たちの仕事だとは思っていません。自分たちに与えられた裁量の範囲という制限は意識しつつ、立法府が制定した法律を個別ケースに具体的に妥当するように当てはめようと基本的には考えている人種です。具体的妥当性を追及すべき事案が来たときに、自分の裁量を積極的に行使するべきだという使命感を持っている裁判官がいます。その使命感を引き出し、それを発揮すべきときだと説得するのが弁護士の仕事なのです。ミヌは裁判官たちに、今こそそのときだと訴えているのです。
パートナー弁護士だとか、勤務弁護士だとかは関係ありません。法廷に立つ以上、弁護士は1人1人がその使命を果たすべきなのです。

本話のラストでようやく、課徴金(行政)処分の取り消し訴訟であったとの説明がありました。ニュースで「ソウル行政裁判所は」と報道しているので、韓国には行政裁判所システムがあるようです。
日本では戦前の反省から、行政裁判所等の特別裁判所を設置することを現行憲法で明示的に禁止しているので(日本国憲法76条2項)、そのような特別の事項を審理する裁判所を作ることは出来ません。
他方、韓国憲法は憲法裁判所を採用していることもあり、欧州大陸諸国系の憲法体系と特別裁判所システムを取り入れているのかなと思いました。が、次の論文にその点の解説がありました。

「韓国における憲法裁判所および行政法院の機能と役割」
 岡田正則 河明鎬https://www.waseda.jp/folaw/icl/assets/uploads/2014/05/A04408055-00-045020001.pdf

「韓国の司法制度は、基本的には英米や日本と同様に、行政訴訟も一般法院が管轄する点で一元的司法制度を取っている。しかし、行政法院の開設によって、行政事件は行政法院の専属管轄になった。したがって、行政事件を地方法院や家庭法院で処理すれば、それは専属管轄違反となり、絶対的上訴理由となる。このような行政事件に対する行政法院の専属管轄を認めた結果、まるで大陸法の二元的司法制度のような効果が生ずるようになったのである」

さて、次回は遂に最終話です。 





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