弁護士視点からの「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」解説〜第10話

第10話はヨンウが地下鉄車内で、刑事が被疑者を逮捕する場面に出くわすところから始まります。ヨンウが刑事たちに対し、逮捕のやり方が法的に正しくないことを指摘します。
ヨンウ曰く、逮捕に際しては被疑者に対し、被疑(事実)の要旨、逮捕の理由、弁護人の選任権、弁明の機会を与えなければならない、いわゆる”ミランダ警告”を行わなければならないとのこと。ヨンウは刑事訴訟法200条という具体的条文に言及しているので、韓国法にはそのような明文規定があるのでしょう。
ただし米国の判例法理である”ミランダ警告”の根幹は黙秘権の告知なので、ヨンウの指摘ではその点が抜けています。ヨンウの指摘を受けて緊急逮捕手続をやり直すに際し、刑事が黙秘権も告知しているので、ヨンウが黙秘権を省略したのは台詞テンポ上もしくは日本語字幕上の都合だと思われます。韓国語が分からないので英語字幕も確認してみたところ、「弁明の機会」の部分が「陪審裁判を受ける権利」になっていました。いずれにせよ、自分には原セリフは分からないままです。
他方、日本では逮捕時に被疑者に告知されるのは、被疑事実の要旨、弁護人選任権、弁明の機会なので、逮捕の理由や黙秘権があることについては逮捕時には説明されません。

立川フォートレス法律事務所 コラム 黙秘権(Ⅰ)~黙秘は権利か

なお、この場面は緊急逮捕という設定です。日本で緊急逮捕が認められるのは、犯罪発生直後に犯行現場に近い場所で犯人と疑われる人物を司法警察職員が発見した場合など現行犯に準じる場面なので(日本刑事訴訟法210条)、本話のように被疑事実から時間が経過している事例での緊急逮捕はありません。日本法下なら逮捕状による通常逮捕が選択される場面です。この点、韓国法ではどうなっているのか、自分には分かりません。

逮捕場面での日本語字幕では被疑事実は「障害者への準強制わいせつ等」となってましたが(韓国「性暴力犯罪の処罰等に関する特例法」第6条6項、日本法では当時の刑法178条1項類似だが「等」は不要)、起訴後の接見場面ではスヨンが「障害者への準強制性行等」(韓国「特例法」第6条5項、当時日本刑法178条2項類似)と説明しています。起訴時に罪名が変更されたのか、字幕翻訳のブレなのか、この点も自分には判断がつきません。
なお、後ほど引用している法務省の平成31年3月時点仮訳では同罪の法定刑は「1年以上の有期懲役」となっているのに対し(ただし障害者施設従事者による場合は加重あり)、スヨンは「無期懲役もしくは7年以上の有期懲役」と説明しているので、現在の韓国法ではさらに厳罰化の方向で法改正がなされているのかもしれません。

韓国性犯罪関連条文和訳(仮訳) 法務省
https://www.moj.go.jp/content/001291681.pdf

公判が始まり、ヨンウが被告人と「被害者」との携帯アプリでの会話を使って、検察の主張に反証します。検察の立証対象が「偽計又は威力により,身体的又は精神的な障害がある人を姦淫した」(韓国「特例法」第6条5項)なので、本件では「偽計」(騙すこと)は用いられておらず、両名の真摯な恋愛感情に基づく同意の上での性交であったことを反証する趣旨でしょう。
健常者同士の事案ではありますが、自分も携帯電話記録を使って反証し、被疑者段階で不起訴に止めた経験があります。他方、本話と極めて類似したケースで被害者側から依頼を受けたものの検察を説得しきれず、起訴に持ち込めなかった事例にも間接的に関与したことがあります。ミョンソクがヨンウとスヨンに説明したように、知的障害者の供述の信用性が検察の判断に影響を与えたものと思われます。「被害者」の意思が母親の意向により後発的に影響を受けたと疑われる事例もまた、見聞きすることがあります。
第10話もまた、実際の事例に則した難しい事案を持ってきたなと思いました。

本話を自分がリアタイで観ていたときは、日本でも刑法性犯罪規定の改定が課題にはなっていたものの、近い将来に法改正がなされるとまでは思っていませんでした。そのためその当時は、ああ韓国はその他諸外国と同様に「反抗抑圧程度の暴行または脅迫」がなくとも類型的に人の自由意志を抑圧する行為または抑圧されている状態に乗じて性的自由を侵害する行為を犯罪として処罰する刑罰法規があるんだな、くらいの感覚で観ていました。
が先日、日本でも刑法が改正されたことにより、本話の見方が大きく変わりました。
刑法改正の結果、日本でも「心身の障害があること」により「同意しない意思を形成し 、表明し若しくは全うすることが困難な状態に状態にあることに乗じて」性行等をした者は、5年以上の有期拘禁刑に処せられるようになりました(日本刑法第177条1項及び第176条1項2号)。
具体的にどのような事実関係と立証があればこの要件を満たすことになるのか、或いはどのような事実関係と反証があれば要件を満たさないと判断されるのか、現時点では未知数です。日本の裁判官、検察官、弁護人や被害者側代理人弁護士にとって、先行している韓国司法の実績から学ぶことが喫緊の課題なのかもしれません。

刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律案 新旧対照条文
https://www.moj.go.jp/content/001392298.pdf

ヨンウがジュノと手を繋ぐシーン、第10話にしてようやくヨンウが他者と身体的に触れあうことが苦手であることを明示的に取り上げる場面が出てきましたね。それでもなお、法制度はヨンウやミョンソクら登場人物たちに上手く解説させるのに対し、自閉症者のことについては決めつけや解説調のセリフを一切出してこないところが本作脚本の妙技だと自分は思うのです。

第2回公判でスヨンが医師証人に対する反対尋問を行います。
「これについてのお考えは?」「どういうことですか?」
尋問技術について書き始めると長大になるので理由は省きますが、これは反対尋問では決してしてはいけないとされている典型的な失敗尋問です。ただ、こうでないとドラマとしては面白くなってきませんね。
加えてこのシーンでは、それに先立つ検察官からの主尋問冒頭で調書の一部「お母さんに怒られそう」という、明らかに伏線と分かる部分が読み上げられます。伏線であることは分かり易いけど、出し方はさりげない、本作の魅力はやはりこの塩梅だと思います。
なお、何らかの立証をしたくて証人申請をした側が行う尋問を主尋問、それに対抗する側がその立証を崩すために行う尋問を反対尋問と言います。この医師証人は、検察が犯罪事実を立証するために請求した証人なので検察官からの尋問が主尋問、それを崩すべく弁護人であるスヨンが挑んだ尋問が反対尋問となります。主尋問と反対尋問では、許される尋問の内容も違います。例えば主尋問では、反対尋問とは異なり、誘導尋問は許されません。後の公判でヨンウの尋問に対する検察官の異議が認められたのは、主尋問中に誘導尋問をしてしまったためです。

公判後、被告人ヤン・ジョンイルが以前にも障害者支援団体で知的障害者の女性に近付きクレジットカードを使い込んでいたという情報を、スヨンがどこかから入手してきます。
ここもまたよく出来たストーリーだなと思いました。というのも、刑事弁護をしていると、人として尊敬できない被疑者・被告人に出会うことはままあります。はっきり言って人間としてはロクデナシだけど、しかし本件はやっていないというケースは割とあるんですよね。
本話がさらに難しいのは、以前のジョンイルの行いが犯罪として立件はされてないにせよ、金銭的利益を得ることを目的に知的障害者の恋愛感情を利用したという手法は、いま起訴されている事件についての検察側の主張と合致するため、弁護人としても実はやってたんじゃないかと疑念を生じるところです。これもまた実際の刑事弁護実務ではあり得ることです。
なお余談ながらどうしても触れておきたいので書きますが、滋賀湖東記念病院事件では滋賀県警の刑事たちが被疑者女性の知的障害につけ込み、意図的に恋愛感情を抱かせることで虚偽の自白を獲得しました。その結果、彼女は無実の罪で12年間も刑務所に入れられることになったのです。この刑事たちは未だ何らの責任も追及されていません。

では本話のシン・ヘヨンは、狡猾な被告人に騙され性的自由を侵害された憐れな被害者でしょうか。ヨンウはヘヨンに言います。

でも障害者にも悪い男に恋する自由はあります
シンさんの経験が恋なのか性的暴行なのか 判断するのはシンさんです
お母さんと裁判所に決めさせてはいけません

前話第9話は子どもの権利がテーマでした。かつてマイノリティは女性も子どもも障害者も一方的に保護・プロテクトされる存在でした。どう保護・プロテクトするかを決めるのはマジョリティでした。
しかし現在の世界の潮流は「“Nothing About Us Without Us”(私たちのことを、私たち抜きに決めないで)」、まずは当事者による自己決定、次にそれを支えるためのサポートです。どのようなプロテクションが必要かを判断するにあたっても、当事者を抜きに決定することは考えられません。女性差別撤廃条約も子どもの権利条約も、もちろん障害者権利条約も、国連の人権条約はすべからくこの思考がベースになっています。

陪審員の評決は有罪3名、無罪4名、よって多数決により無罪という結論でした。ところが裁判所は懲役2年の実刑判決を下します。
ここで大変驚きました。というのも、第6話でも陪審員の評決通りの事実認定がなされていたので(その事実を前提とする量刑は別です)、韓国の国民参与裁判は英米流の陪審員裁判そのものだと思い込んでいたのです。
調べてみると韓国国民参与裁判では、陪審員の判断は裁判所に対する拘束力はなく、裁判所は陪審員の評決を参考にするだけで独自に判決を下しうるようです。韓国の国民参与裁判は米国の陪審制度と同じく、陪審員の評議に先立ち職業裁判官が法的要件を満たさない証拠を排除し、事実認定権者である陪審員は法的に的確な証拠のみに基づいて事実認定を行うので、そういう厳格な手続が欠けている日本の裁判員裁判より優れていると考えてきました。しかし最終的に裁判官が陪審員の事実認定に拘束されないのであれば、事実上そのメリットはないと言えるのではないかと思います。

韓国の国民参与裁判制度の内容と問題点 ― 日本の裁判員制度との比較を中心に ―李 銀模
https://www.kansai-u.ac.jp/ILS/publication/asset/nomos/23/nomos23-05.pdf

自分は本話で描かれた事実関係からすると、「疑わしきは被告人の利益に」原則に基づき、無罪判決が下されるべき事案だと考えます。ただわれわれ視聴者は「被害者」ヘヨンの母親が娘を守ろうとするばかりに過剰に彼女をコントロールしていることを知っていますが、ヨンウがヘヨンの証人尋問で引き出し損なった結果、そのことは法廷のバーの内側には最後まで1度も顕出されていません。したがって自分のこれまでの弁護士経験にてらすと、これが現実の事件なら、少なくとも日本の法廷では有罪判決が下っただろうと思います。その意味では今回も現場の弁護士感覚に近い、リアルなストーリーでした。
他方この内容なら、有罪判決が下されて当然の事案と見る人もいるかもしれません。障害者の自律及び自己決定と保護の間、裁判における事実認定の難しさ、それらの揺らぎにヨンウとジュノの恋愛を絡める、またもや秀逸な脚本でした。

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