1本の内容証明が「戦わずして勝つ」結果を実現した事例

以前、交渉シリーズの一環として、「交渉の入り方」という記事を書きました。その中で、内容証明郵便の実際の効用と、弁護士がどのように使っているかについて触れました。

今回は、顧問先企業からお許しを得たので、内容証明郵便1本で目的を達成できた希有な例をご紹介します。

同社は商品のネット販売を主たる事業とする企業で、いわゆるプラットフォームと呼ばれる主要インターネット通販サイト全てに店舗を展開しています。ところが、そのうちの1つのサービスにおいて、規約違反があったとして強制的にインターネット店舗を閉鎖されてしまいました。

今年3月、コロナ禍の中で全国的にマスクが店頭から消えました。これを受けて元々スポーツ衣料品が得意だった同社は、布製マスクを独自開発し、4月から各インターネット店舗での販売を開始しました。他方、マスク転売が社会問題化したことを受けて、大手インターネットサイトはいずれも転売対策に乗り出しました。今回、同社の店舗を強制閉鎖したインターネットモール運営企業も、事業者出店者に対してはマスクの仕入れ資料を求めるなど転売でないことの証明を義務づけるとともに、一般出品者によるマスク出品を原則禁止とする措置を取りました。しかし、急速に変化していく社会情勢を受けて次々と新たに方針を打ち出していったため、超巨大有名企業が運営するインターネットモールサイトであるにもかかわらず、ウェブサイト等での周知は不徹底かつ不正確で、加盟店舗に一斉送信されている注意喚起メールとの整合性も十分ではありませんでした。

私の顧問先企業がマスクを販売して1ヶ月ほど経った頃、同じ商品をオークションサイトにも出品しました。すると、規約違反だとしてその出品が取り消されてしまいました。同社の出品担当者たちは、そのマスクは転売ではなく自社開発商品だし、いわゆる医療用マスクでもないことから、カテゴリさえ変更すれば問題ないだろうと軽く考え、同社社長に報告することすらせずに別カテゴリで再出品しました。その結果、出品停止された商品を再出品したことが悪質だと判断され、今度はそのインターネットモール上の全ての店舗の強制閉店を通告されてしまったのです。

この時点でようやく、ことの経緯と顛末を同社社長が知ることになったのですが、そこからの社長の判断と機転は素晴らしいものでした。ただちにモール事業者宛に謝罪メールを送るとともに、各社員に顛末書をそれぞれ起案させて、事実関係の調査を実施しました。当初の謝罪メールに対してモール事業者側は無反応でしたが、同社は判明した事実経緯と社員の作成した顛末書とともに、独自に策定した再発防止策もモール事業者に送信しました。ここまで即座に行動した上で、顧問弁護士である私に相談がありました。

そのインターネットモール店舗における同社の売上げは総額の3割ほどを占めており、強制店舗閉鎖は大きな痛手となります。したがって、同社の顧問弁護士として私が目指すべきことの第一優先順位は、同社店舗の再出店実現です。この目的を実現するために知恵を絞るのが弁護士の役割です。

結論から言うと、そのインターネットモール運営企業の法務部宛に私の名前で、内容証明郵便で謝罪文を送ることにしました。法務部宛にしたのは、なにしろ相手が超巨大企業なので私の書いた文書の意味内容を的確に判断できる部署ないし人に届くようにする必要があったこと、そして私の書いた文書の意味内容が的確に伝わるためには相手も法的素養を備えた人である必要があったためです。


内容証明郵便で送付した謝罪文にはまず、強制退店に至る経過とその後の同社の対応を時系列で、その時点で可能な限り正確に記載することに努めました。その上で再出店を許可してもらえるよう懇願するとともに、もし許して貰えないなら当方としても法的手段を取ることも辞さない旨を遠回しに書きました。あくまで謝罪文なので、その体裁を壊さない程度に、読み手が法的素養を持つ人であるときに初めて伝わる程度に、当方の提訴意志を表明しました。ここで私が特に工夫したのは、訴訟になった場合に想定される当方の主張内容を余すことなく全てここに、謝罪文の体裁を維持しながらも、書き記したことです。先方の法務部担当者や顧問弁護士が読めば、これは敗訴可能性もあるし、少なくとも面倒くさい訴訟になる、記者会見でもされた日にはリピュテーションリスクもあると認識して貰える内容になるよう細心の注意を払いました。

インターネットモールサイト利用者である同社とその運営企業であるモール事業者との間では、事業者側が公開している約款に基づく契約が成立しています。その約款は当然のことながら、モール事業者側に圧倒的な裁量権を与えています。とはいえ、日本の裁判所は必ずしも契約書に書いてある以上は仕方ないという判断をするわけではなく、その事案に応じて契約内容自体を限定的に解釈し直すこともあります。インターネットサービスにまつわる先例で、本件に有効活用できる事例は、残念ながら見当たりませんでした。しかしながら私は、いまやプラットホームと呼ばれるほど巨大に発達したインターネットモール事業者は社会におけるインフラの一つを構成しており準公的機能を果たしていること、そのような巨大な事業者と一出店者との力関係に鑑みるに独占禁止法の準用なり趣旨転用の可能性があること、何より強制店舗閉鎖に至るプロセスや処分通知された後の同社の対応からすると出店者にとって死刑に等しい強制退店処分は酷に過ぎることなどから、十分に勝機はあると踏みました。
ここで最も重要なのは、モール事業者側から閉店通告を受けて直ぐに、同社から謝罪と事実経過、再発防止策を先方に送りつけていたことです。この極めて強力な「武器」があったから、私は弁護士として、許してくれないなら訴訟をするぞという強気の「謝罪文」を送ることが出来たのです。

先方から何らの反応もないので、私は助っ人を頼んだ友人弁護士とともに訴訟提起の準備を進めていました。1年くらいかけて相手をある程度追い込むことに成功すれば、裁判所の仲介で再出店を認めさせる訴訟上の和解を実現できるだろうと見込んでいました。するとそこへモール事業者の担当者から、一定の条件付きで再出店を認めるとの連絡があったのです。訴訟となれば当方の戦略戦術が全て思い通りに入った場合に最短でも1年ないし1年半かけてようやく実現できる目的を、たった1通の内容証明郵便で達成することが出来ました。

私の19年間の弁護士人生の中でも最高の成功例と言える今回の結果を招いた要因として、重要なのは次の2つです。1つは、手前味噌ですが、たった1本の内容証明郵便に私の弁護士としての経験技術ノウハウを全てつぎ込んだことです。もう1つは、問題発覚直後に同社社長が迅速かつ的確な対処を行ったことです。弁護士はあくまで代理人に過ぎないので、依頼者自身が強力な「武器」を持っていなければ、戦いに勝つことは出来ません。会社が危機に直面したときに的確な判断及び選択をした社長のコンプライアンス能力が、同社を危機から救った決定的要因となったのです。

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