いわゆる「親なき後」対策について

 先日、知的障害を持つお子さんを育てている方が、その子のためを思うなら財産を残さず、障害者年金や生活保護等の公的制度のみで暮らしていくようにするのが良いと書いているツイートを複数見かけました。これは一つの卓見かもしれないなと思いました。
 ちょうど同じタイミングで、福祉関係者と話していたときに、親の不安につけ込んで不当に財産を自己のためにせしめている連中が障害者福祉業界に跋扈している状況を聞きました。
 そこで本稿では、知的或いは精神障害を持つ子のために財産を残しうる資産能力を持つ親がその活用を検討しうる各種法制度のメリットとデメリットを整理し、そもそも財産を残さず公的制度のみ利用する方法も含めて検討してみたいと思います。
 相続人が障害を持つ子のみであるときと、いわゆる健常であるきょうだいがいる場合とで状況が大きく異なるので、以下それぞれで分析します。

(1)一人っ子の場合

1)本人名義の財産を残すかどうか

 その本人に自ら財産を管理する能力がない場合、後述の成年後見制度を活用するなど本人のためにその財産を適切に運用してくれる人が必要になります。まず、そのような人を用意できるかどうかが問題となるでしょう。
 また、グループホームの利用条件などに資産上の制限があったりするようです。良かれと思って財産を残した結果、本人にとってベストの制度を使えなくなることもあるからというのが、冒頭で紹介したツイートの趣旨でした。福祉制度は時代によって様々に変容するところ、自分がこの世にいなくなった後の制度は予測できないので、親は現行制度を前提として判断せざるを得ないのだろうと思います。

2)成年後見(任意後見)の活用

 ここでは「親なき後」の場面に絞って検討します。
 本人に管理活用すべき資産があるにもかかわらず、その資産管理を法的に代理すべき人がいない状態になると、家庭裁判所によって成年後見人(後見人、保佐人、補助人)が選任されるべき場面ということになります。本人のために家庭裁判所に申し立てる親族がいない場合、市町村長が申立を行います。この家庭裁判所で選任される成年後見人のことを法定後見人と言います。
 よく世間で融通が効かない、選任を家庭裁判所に任せると良い人が就くとは限らない等の批判がなされているのは、この法定後見のことです。
 成年後見制度には法定後見とは別にもうひとつ、任意後見という制度もあります。本人が自分でこの人に財産管理を任せたいという人と契約を結び、それを家庭裁判所に確認して貰う成年後見制度です。こちらなら確実に、本人の意思に沿った人を後見人にすることができます。ただし、任意後見は本人が契約締結能力を保有していることが前提となります。そのため知的障害当事者は、任意後見の利用は難しいこともあります。そのような場合は、親その他親族が法定後見を申立て、家庭裁判所に対し自分の信頼する人物を成年後見人候補として推薦する方法を選択することになるでしょう。
 法定後見にせよ任意後見にせよ、成年後見制度の活用を考えるのは、管理を必要とする本人名義の財産が存在する場合です。冒頭で紹介した財産をそもそも残さないという方法をとれば、成年後見制度の利用は考えなくてもよいと思われます。

3)信託制度の活用

 信託制度を利用すれば、親は自分の財産を子に残すのではなく、一種の財団法人のようなもの(信託財産)を形成して、その財産が自分の死後も子のために活用されるようにすることが可能です。信託財産を障害を持つ子のために管理運用し、活用する人を受託者と言います。
 ただし受託者は、信託法で厳しく制限されており、有償でこれを行えるのは政府から免許を付与された信託会社のみです。したがって後見制度と異なり、弁護士などの法律家に頼むことも出来なければ、親族に一定額の報酬を支払ってお願いすることも出来ません。そのため信託制度の利用は、信託会社にそれなりに高額な報酬を支払って委託するか、親族に無償でやって貰うかの2択となります。後者が最近流行りの「家族信託」です。
 信託は、後見人に丸ごと財産管理を委ねてしまう成年後見制度と異なり、親が自分の死後まで財産の活用方法を具体的に指定できるのがメリットです。しかし有償委任が原則認められていないので、受託者となり得るきょうだいがいないケースでは、信託会社を頼るしかありません。信託会社を利用するとなると、相当高額な資産がある場合に限られると思われます。

4)小括

 障害を持つ子が一人っ子の場合、前述のとおり家族信託が使いにくいので、信託制度活用はあまり選択肢にならなさそうです。成年後見の利用はケースによるでしょう。
 法律家はついつい自分の守備範囲である成年後見、信託、遺言の利用を勧めがちです。その仕事を受任しないことには売上も上がらないので、やむを得ないところはありますが、法律家たるもの「武士は食わねど高楊枝」の精神で常にクライアントにベストの方針を追及する姿勢を持つべきです。その結果、冒頭で紹介した意見のように、子に財産を残さず公的支援のみを利用すべきという結論になることもあるでしょう。
 福祉関係者から聞いているところでは、本人に財産を残すのではなく、社会福祉法人その他団体に寄付して、自分の子が暮らしていくグループホームを設立運営して欲しいと希望する親御さんもおられるようです。しかし寄付後にその団体が消滅するなどのトラブルもあるようです。寄付も契約の一種ですから、トラブルはつきものだし、そのトラブル発生リスクをコントロールしうるのは契約内容そのものです。したがって、この場面でもやはり弁護士への相談は必ず行って欲しいと思います。

(2)きょうだいがいる場合

1)本人名義の財産を残すかどうか

 障害を持つ子本人になりかわって財産を管理し、その子のために運用してくれるきょうだいがいるのなら、成年後見や信託の活用も十分に考えられます。しかし、自分の死後も健常のきょうだいに頼り続けることになるので、いわゆる「きょうだい児」問題がどうにも解消できないのが、成年後見と信託を利用する場合の根本問題だと思います。

2)成年後見(任意後見)の活用

 障害を持つ本人に契約締結能力があれば、本人がきょうだいと任意後見契約を締結することが考えられます。契約締結能力がなければ、家庭裁判所に申し立てて、きょうだいを成年後見人として推薦すれば良いでしょう。裁判所は親族の中に反対する人がいない限り、原則として申立人が推薦した人を成年後見人に選任します。ただし前述のとおり「きょうだい児」問題が生じます。

3)信託制度の活用

 信託制度の利用も、成年後見とほぼパラレルに考えられます。家族信託を組成して、きょうだいに受託者になって貰えば良いのです。信託は後見と異なり、こと細かに設計できるので、障害を持つ子本人が亡くなった後は、信託を解散して残った信託財産を最後まで面倒を見てくれたきょうだいや更にその子どもに譲り渡すことも可能です。きょうだいが成年後見人になった場合と異なり、受託者としての報酬を渡すことは出来ませんが、遺言で多めに財産を渡すなどしてその負担に報いることは可能です。ただし、どこまで行っても「きょうだい児」問題そのものは解消できません。

4)小括

 親の死後も頼りうる健常のきょうだいがいるのなら、障害を持つ子のために財産をその子名義で残して成年後見制度を利用することも、信託財産として組成してきょうだいにその管理運用を委ねることも検討の余地があります。ただし、自分の死後、障害を持つきょうだいの面倒を見ることを健常の子に事実上強要することになるので、ここでも障害を持つ子のために財産を残さないという選択に一定の合理性が出てきます。ただし、精神障害を持つ子の面倒を見ることを条件に健常の子に全財産を相続させた結果、精神障害者のきょうだいから責め立てられて非常に辛い思いをしている人もいました。逆に親の意図に反して残された財産を全く障害を持つきょうだいのために使わないようになってしまう人もいます。また、公的制度利用との兼ね合いもよくよく検討すべきでしょう。一般論としてこれがベストという方策は出てきません。

(3)検討

 成年後見制度にも信託制度にもそれぞれメリットとデメリットがあり、遺言と組み合わせて活用するにせよ、ケースバイケースで判断するしかありません。加えて、冒頭で紹介した財産を残さないことで公的制度のみを利用するという方法も、選択肢として検討しうることが明らかになったと思います。ただし、どの方針にもリスクはあるので、いずれを選択するにせよ必ず弁護士に1度は相談してみて欲しいという点については、自分の意見は揺るぎません。

以上

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