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紙立体を活用して「着眼点」を得る方法_商店会の75周年を記念するFlagデザインプロジェクト

デザイナーがデザインプロセスで制作する中間モデルについて


昨今の環境問題を背景に、あるべき姿を問う未来志向をテーマにした構想が増えています。そこでは、実現されていない「未来の暮らし」を構想する過程で、スケッチなどを使って抽象的なイメージを視覚的な想像モデルとして表現することがあります。デザインの構想段階から最終段階に至る、中間で制作される「中間モデル」についての研究はこれまでいくつかの事例があります。[1][2]
今回は、2023年9月から10月に取り組んだ、商店会の街路灯に吊るすFlagデザインを検討する際の、紙立体模型を活用したコンセプト検討段階で制作した「中間モデル」について紹介します。
[1]腕時計デザインにおけるイメージ用語 : デザイン思考過程のモデリング(1)
[2]3次元企画設計ツールのための空間記述モデルに関する研究

2030年の商店会を想像し可視化したモデル

商店会75周年を記念するFlagデザインの依頼

2023年4月頃に新宿にある商店会から75周年を記念し、街路灯にFlagを掲出するため、そのグラフィックデザインを制作してほしいと依頼がありました。依頼された当初のコンセプトは「商店会の賑わい」でした。話し合いの過程で、商店会の賑わいに加え、2030年(7年後)の「未来の商店会の賑わい」にするという方向性に固まり、商店会80周年を迎える頃の商店会のあり様を、未来を支える学生たちの視点で構想し、表現することになりました。
その他、オリエンテーションでは以下の内容が依頼されました。
①未来の商店会の活気を伝えるデザイン
②商店会は、多くの国の人たちが集まる大久保エリアと、新宿の中心地とをつないでいる位置にあるというエリア特性を表現する
③フラッグは表と裏の2つの面を持っており、それを活かしてエリアの特性を表現する

デザインのプロセス

2ヶ月間で取り組んだプロセス図

00.フィールドリサーチ(2023年9月13日)

依頼から5ヶ月を経て、前後期の授業に移行する夏休み前後の期間を利用してリサーチ活動と構想を行いました。
リサーチの観点は、「活気ある未来の商店会」「エリア特性」「フラッグの二面性」です。商店会周辺を歩き、行き交う人々の属性、店舗の種類、エリア特性を観察しました。

1.高層ビルを望む商店会 2.防災も兼ねる公園 3.都会にあるお寺 4.開発が進む西新宿

01.調査のまとめ(2023年9月13日)

フィールド調査後、教室でグループメンバーとエリア周辺の特性について議論しました。メンバーはポストイットを使って得た情報を整理し、ポストイットには建築物、商店、お寺などの名所等の詳細に関する情報が書かれていました。エリアごとにポストイットをまとめ、異なるテーマやトピックに関連するものをグループ化しました。

その後、エリアごとの特徴を引き出し、エリアの課題、住民のニーズなどを明確にし、それぞれのエリアに名前をつけました。このプロセスでは調査から得た具体的な情報を整理し、エリアごとの特性や課題に焦点を当てることができました。

エリアごとの特性や課題を抽出する

02.未来の商店会の賑わいを構想する①(2023年9月13日)

その後、ポストイットで挙がった建物や特徴的なビルなどを、紙立体を用いて具体的に表現しました。 これにより、未来の街の賑わいに関する抽象的なイメージをモデル的に具現化しました。紙立体にするには時間がかかるため、事前に用意された立方体や三角錐、数種類のカードなどを活用しました。このプロセスによって、ポストイットで得た情報を立体的な形に変換することができ、未来の街の構想を具象的に評価することができました。

立体的な形に変換し未来の街の構想を具象的に評価する

03.未来の商店会の賑わいを構想する②(2023年9月22日)

一週間後の授業では、前回制作した未来の街の構想を振り返り、課題を検討しました。 多くのグループでは、現在の商店会の特徴が良く反映されていた一方で、「未来の」「賑わい」といったコンセプトにつながる要素が表現されていませんでした。
そこでフィールドリサーチから学んだことを踏まえ、「未来や賑わい」に必要な新しい街の要素を検討することにしました。この新たなアプローチにより、過去の制作物になかったアイデアや概念を取り入れ、より先進的で活気のある未来の街を描くことを目指しました。

図の左側(A)が要素を加える前、右側(B)が加えた後の模型

04.Flagデザインの2面性を検討する(2023年9月29日)

未来の賑わいのある商店会のコンセプトが決まったので、フラッグのグラフィックデザインについて考えてみました。 フラッグは街路灯に吊るす形状で、表と裏の2面があるため、道路を行きかう人々にどのように楽しんでもらえるか、また街に掲出した際にどのように映るかをシミュレーションするためにモデルを活用し、ラフスケッチを検討しました。このプロセスを経て、新宿へ向かって歩く経路と大久保へ向かって歩く経路でそれぞれのフラッグ面にどのようなグラフィックを実現するか、そして表と裏が連携するようにデザインすることができました。このシミュレーションにより、フラッグがどの角度からでも効果的で美しい視覚体験を提供できるようなデザインを検討しました。

表と裏の2面性を持つ模型を使ったシミュレーション
2面性を持つ模型を手で操作しながらグラフィックの見え方を検討する

05.中間プレゼンテーション(2023年10月3日)

10月3日はこれまでのフィールドリサーチから導いたフラッグデザインのコンセプト案を発表し、それぞれに検討を進めているラフスケッチ案について説明しました。

中間プレゼンテーションの様子

06.グラフィックデザインを検討する(2023年10月6,13,20日)

この期間中に、フラッグの2面性を確認するためのモデルとラフスケッチを元に、提案するグラフィックデザインを制作しました。

07.最終プレゼンテーション(2023年10月24日)

商店会の方々へ提案したフラッグデザイン案は、商店会メンバーが検討し、最終的に街路灯に吊るすデザインを選びました。 最優秀賞に選ばれたデザインは以下の通りです。ショッピングエリアを背景に、商店会を歩くキャラクターが中心に配置され、周囲には商店会で楽しむことができる様々な食のイラストが散りばめられています。もうひとつの面には、周辺には商店会の賑わいを表す他のキャラクターも配置され、未来の商店会がコミュニティーとして重要な役割を担っていることをイメージするグラフィックスに仕上げています。

採用された商店会の75周年を記念するFlagデザイン案


思考段階と利用した視覚的思考ツールの整理


08.模型を活用したFlagデザインの手法

フィールド調査から始まり、調査結果の整理、コンセプト検討、フラッグデザインまで、私たち様々なステップを踏んでプロジェクトに取り組みました。特に注目したのが「コンセプトの検討」でした。プロセスでは、メンバー同士がアイデアを出し合うためによく使う手法である、キーワードをポストイットに書き出す方法に代わって、紙立体模型を使用する方法を活用しました。

問題定義段階における視覚的思考ツールの特性について

  1. 柔軟性と拡張性

  2. 非線形な表現

  3. 多様な視覚的要素

  4. 編集と変更

  5. ツールとの対話

  6. データとの統合と拡張

1.柔軟性と拡張性について

問題定義段階での課題が抽象的である場合、使用する視覚的思考ツールは「柔軟で拡張性」がある方が良いと考えられます。解くべき課題に正解がなかったり、不明確な場合には、メンバー同士の対話や調査を通して得られた新しい洞察や視点を統合する必要があるからです。

2.非線形な表現

問題が簡単でシンプルな場合には直線的で簡潔な関係性で表現することができますが、複雑な場合には非線形的な表現が可能な方が有効だと考えられます。マインドマップに代表されるような非線形的な表現ができるツールは問題の複雑な側面を認識しやすくなると考えられるからです。

3.多様な視覚的要素

視覚的思考ツールが多様な視覚的要素(図形、色、サイズなど)を扱うことができれば、異なる側面やパターンを強調することができ、抽象的な問題に対処しやすくなる可能性があります。例えば付箋にはさまざまな色、形、図形がありこれらの差異が複雑な要素を表現し分ける時に利用されることからもわかります。

4.編集と変更

問題定義の段階ではアイデアや着眼点が変化することがあります。着眼点を複数検討したり、一度決定した着眼点を書き換えたりします。そのため、視覚的思考ツールの特性についても書き換えられるなど、編集や変更が可能でなくては使いにくいと考えられます。

5.ツールとの対話

問題定義段階では上記のように検討内容が変更するため、ユーザが使用するツールと対話できるように、アクティブに操作できる機能があると良いと考えられます。ユーザの思考に応じて表現が変更できたり、ツールが別なものに見立てられ新たな洞察が得られるなど、問題定義のプロセスに深く関わることができると考えられます。

6.データの統合と拡張

問題に関連するデータを視覚的に統合し、効果的に拡張できる特性が重要です。ユーザーは情報を容易に理解し、パターンを発見しやすくなります。ポストイットを並列的に並べ、意味内容により並べ替えることが可能で、グループ化された情報からはパターンを読み取ることができます。模型やブロックなどの立体で表現できれば、縦方向にも編集、拡張ができるため、構造に関わる情報を扱うことができ、ヒエラルキーや上下関係などのパターンについても検討が可能になります。

まとめ

今回のプロジェクトでは「未来の商店会の賑わい」を検討する課題であり、環境や商店や人々の生活など、主に空間的なものを描く必要がありました。そのため、従来の二次元的なアプローチではなく、紙立体を使って三次元のアイデアを検討することで、空間的な課題に対する解決策を検討しました。

最初は抽象的なイメージを「言葉」で表現し、それに対して「スケッチ」を描くことで具体的なアイデアを加え、最終的には「紙立体モデル」を使って、人間の活動を環境にモデル化しました。これらの段階的なモデルの進化は、思考の変遷を反映したもので、デザイン・プロセスが進化していく様子を見ることができます。紙立体は、多様な視覚的要素を携えていることから柔軟かつ拡張しやすく、変化することが前提である問題定義段階において利用しやすい。また、立方体からビルや家を見立てるように、ツールそのものから洞察を得てアイデアを促進する特性もあることがわかった。

このプロジェクトにおける紙立体の活用が学習者にとってどのような手応えがあったのかについては、現在調査中である。

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