患者さんとのコミュニケーションを深めると治療効果は上がりますか?

 医療の一般的な流れは医療機関でドクターの診察や検査などが行われ状態が把握されて治療方針が決定し、外科的治療や薬物治療が開始されます。時計や靴の修理に人間関係を気にすることはあまりないでいすが、治療では医師との関係を重要視する人は多いと思います。テレビ番組でもよく取り上げられていますから関心があることなのでしょう。取り上げられる題材は病気とその治療法、予防法と応対が多い印象です。病気に罹らないようにするには? 罹った場合はどんな治療法があるのか?を知りたいと思うのは当然だと思います。では「応対」はどうでしょう。「応対」は病気の予防や治療に影響するのでしょうか?
コミュニケーションの強化と治療効果の関係を調査した研究があります。

Shared decision-making in antihypertensive therapy: a cluster randomised controlled trial 1
PMID:24024587

この研究は高血圧のある患者さんに対して、「一般的に行われるコミュニケーション」で診療に取り組んだグループと「心理学的手法も取り入れたコミュニケーション」で診療に取り組んだグループで高血圧の治療効果に差が出るかを調査した研究です。
 「一般的に行われるコミュニケーション」と「心理学的手法も取り入れたコミュニケーション」がどう違うのかが気になるところです。どのような手法なのでしょうか。
論文によると6つの訓練を事前に受けることで習得させたとしています。
① 動脈性高血圧症の情報(※医師であれば必須知識なので過程の一つということでしょう)
② リスクコミュニケーション
③ 治療方針に対する患者さんの希望や意思の共有を段階的に実行するスキル
④ 動機づけ面接(患者にある葛藤、矛盾の解消を促すカウンセリング方法)
⑤ 心血管イベントのリスクを低下せる選択肢の提示
⑥ 医師 - 患者ロールプレイングの実行。
通常のコミュニケーションによる診療と上記6項目を習得したコミュニケーションによる診療とで治療効果に差が出るかを調査した研究です。
次に比較するための指標(outcome)は何かですが、2つの指標で評価しています。
1. SDM-Q-9スコア
2. 収縮期血圧の変化
3.
この2つの指標の変化を比較しています。表1にSDM-Q-9の質問項目を示します。9つの質問で構成され、1つの質問に「0」の「完全に同意しない」から「5」の「完全に同意する」の範囲が用意されています。すべての項目を集計すると、0から45までの合計スコアが得られます。スコアを20/9に掛け合わせると0から100の範囲に変換されたスコアが与えられます。「0」はSDM到達度が最低であることを示し、「100」はSDM到達が最大であることを示します。

表1
SDM-Q- 2項目と内容とSDMプロセスの手順3
SDM-Q-9 内容 SDMプロセスの手順
1.医師は、私が決める必要があることを明確にします 意思決定が必要であることを認識させる 意思決定を行う必要があることの開示
2.医師は、私が決めるためにどのように関与すべきかを正確に把握します 意思決定に優先的関与を求める パートナーとして対等であることを示す
3.医師は、自分の状態を治療するための選択肢が複数あることを明示します 異なるオプションが利用可能であることの通知
4.医師は、治療オプションのメリットとデメリットを正確に説明します 選択のメリットとデメリットの説明 メリットとデメリットを患者に知らせる
5.医師は、私がすべての情報を理解することを手助けします 情報の理解の援助 患者の理解と期待の調査
6.医師は私が望む治療法を尋ねます 希望の選択を求める 環境設定の識別
7.医師と私は、さまざまな治療オプションを徹底的に検討します 選択の重さ(医者と患者) ネゴシエーション
8.医師と私は一緒に治療法を選択します。 オプション(医者と患者)を共に選択すること 共有決定
9.医師と私はどのように治療を進めるかについて合意に達しました 進める方法に同意する(医師と患者) フォローアップの手配
略語: SDM-Q-9, 9項目共通意思決定アンケート、SDM、共有の意思決定。

今回の調査はどのような結果か見てみましょう。調査は1年半行われ、データは初回(T0)、半年後(T1)、1年後(T2)、1年半後(T3)の3時点で計測されました。表2にSDM-Q-9と収縮期血圧の初回と1年半後の差が示されています。
結果はSDM-Q-9スコアも収縮期血圧も訓練したコミュニケーションと通常のコミュニケーションどちらも変化の大きさは同じぐらいで統計学的に有意差は無いという結果でした。

表2
ベースラインからの変化の平均
Mean changes Intervention Control Confidence interval Significance p
Number of GP practices 17 18
Primary endpoints
SDM-Q-9 T3-T0 T3-T0
 Mean change −1.07 −3.69 −2.3730- 8.6093 0.2029
 (SD) (21.50) (20.87)
Systolic BP T3-T1 T3-T1
Number of participants 381 337
 Mean change in mmHg 0.43 −0.81 −0.1884; 3.6918 0.0430
 (SD) (12.08) (10.92)
BP Blood Pressure,
SDM-Q-9 Shared Decision Making-Questionnaire,

 血圧に関しては差が出ないことは納得もできますが、SDM-Q-9においても差が無いというのは少しショックです。患者さんの理解度などはコミュニケーションスキルを上げてコミュニケーションを強化すれば上がると思っていました。世間一般でも丁寧な説明の重要性はよく言われていると思います。
この結果だとむしろ簡易な説明の方が時間も短くて済み効率的なのではとも思ってしまいます。
1つの調査で結論を出すのは早いのでもう1つ調べてみました。以下はうつ病治療及び治療計画への意識に対して開業医のみの診療と多職種が関わった診療・ケア(collaborative care)の効果を比較した研究です。

Shared Decision Making for Antidepressants in Primary Care A Cluster Randomized Trial. 4
PMID:23959152

メソッドが少し複雑ですので詳しく記したいと思います。通常の診療は
1. うつ病の病識
2. 薬物治療
3. 心理療法の紹介(※紹介のみで開業医は行わない)
以上3点です。紹介先との連携などはありません。
次に多職種によるケアはまず職種の構成を示します。
1. 開業医
2. 心理療法士
3. ケアマネジャー
この3職種で構成されています。続いてそれぞれの役割があります。
1. 開業医⇒ 同上
2. 心理療法士⇒ 全体のケアプランの監督、認知行動療法、社会参加への誘導。
3. ケアマネジャー⇒ 行動の観察・評価、抗うつ薬の服用状況の確認し、状況を開業医に報告し医師の指示のもと用量の調整も行う。医師とは別に月に2~4回のコンタクトを持つ(電話も含む)
 collaborative careは文字通り3職種が緊密に情報を共有し、お互いにフィードバックするシステムになっています。かなり理想的な多職種連携が組まれている印象です。この2つの方法の効果を比較する指標としてPatients Health Questionnaire(PHQ-9)が用いられています。これは簡便なうつ病評価尺度で、9つの質問からなります。それぞれを「0」から「3」で評価します。最小は「0」、最大は「27」となる設定です。表3にPHQ-9の9つの質問を示しました。
表3.PHQ-9質問項目
「2 週間で次のような問題にどのくらいの頻度で悩まされていますか?」
1.物事に対してほとんど興味がない,または楽しめない
2.気分が落ち込む,憂うつになる,または絶望的な気持ちになる
3.寝つきが悪い,途中で目がさめる,または逆に眠り過ぎる
4.疲れた感じがする,または気力がない
5.あまり食欲がない,または食べ過ぎる
6.自分はダメな人間だ。または自分自身あるいは家族に申し訳ないと感じる
7.新聞を読む,またはテレビを見ることなどに集中することが難しい
8.他人が気づくぐらいに動きや話し方が遅くなる,あるいはこれと反対にそわそわしたり,落ちつかずふだんより動き回ることがある
9.死んだ方がましだ,あるいは自分を何らかの方法で傷つけようと思ったことがある
※全くない(0 点),数日(1 点),半分以上(2 点),ほとんど毎日(3 点)
 また、secondary outcomeとしてCSQ-8(満足度)も評価しています。8つの質問で構成され、「0」から「3」で評価します。最小は「0」、最大は「24」となる設定です。
表4
質問項目 選択肢
1.あなたが受けた医療の質はどの程度でしたか ・大変よい
・よい
・まあまあ
・よくない
2.あなたが望んでいた治療 は受けられましたか ・十分に受けた
・大体受けた
・そうでもなかった
・全く受けなかった
3.この治療はどの程度あなたが必要としたものでしたか ・ほぼ全て必要としたもの
・大体必要としたもの
・いくつかは必要としたもの
・全く必要としたものではなかった
4.もし知人が同じ援助が必要だったら、この治療を推薦しますか ・必ずする
・すると思う
・しないと思う
・絶対にしない
5.困っていることに対して十分に時間をかけた援助を受けたと満足していますか ・とても満足
・ほぼ満足
・どちらでもないか少し不満
・とても不満
6.あなたが受けた治療はあなたの抱える問題にとってどれだけの効果がありましたか ・多いに効果があった
・まあまあ効果があった
・全く効果がなかった
・悪影響を及ぼした
7.全体として、あなたが受けた治療に満足していますか ・とても満足
・だいたい満足
・どちらでもないか少し不満
・とても不満
8.また援助が必要になったとしたら、この治療をもう一度受けたいと思いますか ・必ず受ける
・受けると思う
・受けないと思う
・絶対受けない

調査は4か月行われ4か月後のPHQ-9の結果を比較しています。表5に結果を示しました。

表5
Collaborative care
Usual care Ajusted difference
(95%CI) P
Primary outcome N Mean(SD) N Mean(SD)
PHQ-9(baseline) 276 17.4(5.2) 305 18.1(5.0)
PHQ-9(4 months) 230 11.1(7.3) 275 12.7(6.8) -1.33(-2.31 to -0.35) 0.009
Secondary outcome
CSQ-8 232 25.3(5.8) 269 22.1(6.2) 3.13 (1.87 to 4.39) <0.001

 Primary outcomeであるPHQ-9は最低でも0.35ポイント、最大で2.31ポイント病状改善に差が出るという結果でした。有意差も付きました。設定を振り返ってみましょう。開業医だけによるケアと開業医、心理療法士、ケアマネジャーの3職種連携によるケアの比較でした。正直2人の専門職が加わっているにもかかわらず27ポイント中1,2ポイントという差はコストパフォーマンスに疑問を感じます。Secondary outcomeのCSQ-8を見てみましょう。最低でも1.87ポイント、最大で4.39ポイントの差がありました。24ポイント中4ポイントの改善が見込めるのであれば意義はあるかもしれません。
 今回2つの研究を見てきてコミュニケーションが治療効果に及ぼす影響は少ない印象です。しかし、心理的負担は軽くする可能性があります。たとえ同じ結果でも後悔のある状況と満足し受け入れている状況とでは質が大きく違います。後悔が大きければその不満を誰かにぶつけずにはいられず医療訴訟に発展する可能性もあります。コミュニケーションは結果という現実を人間の精神にうまく当てはめるためのスキルと言えるかもしれません。

References
1.Tinsel I1, Buchholz A, Vach W, Siegel A, Dürk T, Buchholz A, Niebling W, Fischer KG.
Shared decision-making in antihypertensive therapy: a cluster randomised controlled trial. BMC Fam Pract. 2013 Sep 11;14:135. doi: 10.1186/1471-2296-14-135.
2. Simon D, Schorr G, Wirtz M, et al. Development and first validation of the shared decision-making questionnaire (SDM-Q) Patient Educ Couns. 2006;63(3):319–327.
3. Kriston L, Scholl I, Hölzel L, Simon D, Loh A, Härter M. The 9-item Shared Decision Making Questionnaire (SDM-Q-9). Development and psychometric properties in a primary care sample. Patient Educ Couns. 2010;80(1):94–99.
4. Annie LeBlanc, PhD; Jeph Herrin, PhD; Mark D. Williams, MD; JonathanW. Inselman; Megan E. Branda, MSc; Nilay D. Shah, PhD; Emma M. Heim; Sara R. Dick, MSc; Mark Linzer, MD; Deborah H. Boehm, MPH; Kristen M. Dall-Winther, MD; Marc R. Matthews, MD; Kathleen J. Yost, PhD; Kathryn K. Shepel; Victor M. Montori, MD Shared Decision Making for Antidepressants in Primary Care A Cluster Randomized Trial.


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