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音のない音

夜中になると、我に帰るように本来の静かさが戻ってきます。ほっとするだけじゃなくて、現実という厳しさが迫ってくる時間でもあります。そういうとき、思い出すのが、東北で体験した雪の日。

私は、出張でその街に一週間以上滞在していました。その時は接待を受ける立場で、古民家風の有名な居酒屋へ案内されました。大勢で入って、囲炉裏を囲みながら、とても素朴な椅子に座って、ホヤをつまみに勧められました。新鮮で、美味しかったのを覚えています。

飲みすぎてはいけないのですが、飲みすぎました。身体中が熱いくらいになったとき、今すぐお水を飲まないと二日酔いがはじまってしまいそうでした。アルコールに強くない体質なので、限界を越えると明日を待たずに二日酔いが始まる。そして、数日間は体調不良です。その頃はまだ若かったので、飲みたいだけ飲んでいました。

お開きの時間が来て、大勢で帰り支度をしているなか、早く外の空気が吸いたくて、お店の出口の重い扉を開くと、すうっと切れるような冷気が頬に当たりました。そして、目の前の音のない銀世界に目を奪われました。雪の降るシンシンという音しかしない世界。暗闇に白い道が足跡のないままどこまでも続いていくようでした。

扉を開けると、何もない世界。色もない、音もない、誰もいない、足跡もない。そういう世界が広がるとき。いま感じているのは、それと同じ景色です。人が作った街に広がる音のない世界が待っています。

生と死の境界線を歩くのは、病に伏せるベッドの上だけではなくて、日常にあることを垣間見るようで怖くなります。そんな現実の厳しさをたまには思い出して、モノトーンの景色として思い出して、寒がってベッドに入るのが今日という日。


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