『マーメイドインパリ』


映画『マーメイドインパリ』をようやく観てきました。
「人魚」と「フランス映画」というだけで気になっていた作品。
恋を諦めた男性と人魚の恋という前情報だけで行ったので、住む世界の違う2人のラブストーリーかと思いきや、想像とは少し違うテイストでした。
人魚というとまずアリエルが思い浮かんでしまう人がほとんどだと思うけれど、この作品の人魚ルラは歌で人間を殺す妖怪に近い少し怖い存在。
思えば日本語タイトルでは「マーメイド」という言葉が使われているけれど、原題は「セイレーン」という妖怪としての人魚を指す言葉が使われていて、こちらの方がニュアンスが近い。
ルラの歌うメロディーはどこか不安に心を揺さぶられるようなマイナー調で、気を失った状態で登場したルラが初めて目を開けスクリーン越しに観客と目を合わせる瞬間は、ホラー映画だったかと思うほどゾッとする迫力でした。
「ルラの歌を聴いて恋した者は心臓が破裂して死ぬ」という設定だったために、人魚が人を食う描写は無かったのが救い。
セイレーンだと、人間を歌で惑わせて食うという話も珍しくないので。
ただ、最初のそんな恐ろしい雰囲気から徐々に2人の距離が近づいて行き、最初は真っ白な肌と無表情で恐ろしい印象だったルラが少しずつ心を開いて笑顔を見せていくにつれてまさに世界が鮮やかに色づいていくような印象を受けました。
子どものおもちゃ箱みたいに可愛らしい小物があちこちに散りばめられている中で、2人がどんどん表情豊かに楽しそうになっていくと、最初に抱いた「もしかしてこれはホラー映画だったのかもしれない」という不安はいつのまにか消え去っていました。

この作品で個人的に一番気に入ったのが、2人が恋に落ちていく過程の独特な描写。
ガスパールは元々恋の感情を捨ててしまっていて、だからこそルラの歌を聴いても死なずに一緒に居られる。
つまり恋をしてしまったら2人を待つのは最悪の展開。
だからといって、「なので2人は恋に落ちず、ずっと仲良く友達でいましためでたし」なんてストーリーになるはずもなく、誰もが悲しいラストを先読みできる展開の中でありながら、それを暗く重く扱わない描写がとても良かったです。
とても好きだなぁと思ったのが、「逆ハネムーン」。
お別れの前に最後に思いっきり楽しもう!というのはよくある展開ですが、それを「逆ハネムーン」と名付けるセンスがとても可愛らしくて。
ロッシに手伝ってもらってドレスアップしている様子はまさに結婚式前の花嫁のようで、幸せそうな2人の「逆ハネムーン」のシーンが本当に印象に残りました。
そして、ハーモニカがいくつかくっついたような面白い形の楽器を一緒に吹くシーン。
小さなひとつの楽器を挟んで向かい合い、近い距離で見つめ合いながら楽しそうに音を重ねるシーンは、普通のキスシーンよりもずっとロマンティックでドキドキしました。
好きだ愛していると言ってはいけない状況、典型的な恋人らしいスキンシップの出来ない状況という制約された設定の中で、ありふれた恋愛表現を使わずに表現される、恋に落ちていく2人の描写。
その繊細で美しく、切なく、でも可愛らしい描写が、心の琴線に触れる、そんな素敵な作品でした。

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