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「すずか」(切れはし小説Short Scrap)

 たとえば火星がまだテラフォーミングされていなかったころ、人の住めなかった赤い星は、人々の目にどのように映っていたのだろう。今みたいに手軽に行ける身近な惑星ではなくて、望遠鏡で眺めるだけしかできなかった時代に、この星へどんな思いを馳せたのだろう。

「今となってはわからないことね。人はできなかったころの気持ちをいつだってすぐに忘れてしまうのだから」

 鈴花凜花菜はそう言ってかるく微笑んだ。その顔はひどく美しくて、可憐で、私はぽおっと見とれてしまった。現代では見ることも少なくなったその黒い瞳は、ミルクの中に一雫おちた夢のようだった。

『スズカリンカーナ、至急、生徒会室まで来てください』
 コールが入って、私の見つめる彼女は口をとがらせて立ち上がった。どうせくだらない用事に決まっている。誰にでもできるような雑務が待っているだろうことは、容易に想像ができた。
「いってらっしゃい、会長。がんばってね」
 私がそう言うと、凜花菜は肩をすくめて「ありがとう」とつぶやいた。

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