ゴーイングマイウェイ
『成瀬は天下を取りに行く』を読んだ。本屋大賞受賞作品として有名だったので、知人に貸してもらった。…のは3ヶ月くらい前で、ずっと積読本だった。
(私の人生の大きなヒントがあるかもしれない。自分のモチベーションを上げる最終兵器として残しておこう…)などと、いつものようにウジウジ考えて、ずっと読んでいなかった。
私は本を読む際にものすごく考え込む。日頃から考え込むのに、本を読む時は尚更。でも、この本は全然考えずに読んだ。
成瀬は驚く程に単純でカラッとしていた。この世はこんなにも単純だったのかと、ハッとさせられた。興味を持つ。目標を据える。手段を考える。行動する。結果を考察する。無駄がない。成瀬の特徴は、なんと言っても潔さにあると思う。M-1グランプリに出る、と成瀬が言い始めたとき、(芸人の頂点を目指す物語なのか?)と思った。でも、4年連続一回戦敗退という結果で、物語でM-1グランプリがものすごくフォーカスされている訳でもなかった。普通の青春小説だったら、主人公は、俗に言う肩書きや大きな名声を手に入れるだろう。でも、成瀬はそうじゃない。伸び方を検証していた髪も切るし、M-1グランプリも4年目でやめると言い出す。西武デパートを立て直すまでの壮大な物語でもないし、一躍有名人に…なるわけでもない。そういう文脈ですごく拍子抜けした。
成瀬はすごく欲張りだった。バイキングで好きなものを好きなだけ全部よそって、あとでお腹いっぱいになっちゃう、みたいな。意外にもそんなキャラクターだった。でもそれが悪いことなんかじゃない。というか、そこに善し悪しなんて存在しない。
脱構造ってことなのか。
成瀬は自分自身で完結している。誰かがいいと言ったから、みんながこうしているからではなく、すべて自分自身で選択している。世の中の尺度はまるで眼中にない。そして、世の中で評価されるような功績を残しているわけでもない。でも、読了した読者たちは知っている。成瀬はすごいと。成瀬は新しい価値観を作っている。成瀬は成瀬にしかできないことをしている。そして読者は成瀬に納得させられる。西浦が成瀬を「誰にも似ていない」と形容したのは、あまりにもこの小説が凝縮されていた。成瀬は、唯一無二の存在だ。
成瀬を前に、失敗も成功も、良いも悪いも存在しなかった。成瀬は、今私が雁字搦めになっているこの社会の価値観を超越する存在だった。
じゃあ私も会社で、突然坊主にすればいいのか?相方を見つけてM-1グランプリに出れば人生が変わるのか?かるたを初めれば誰かに好きになってもらえるのか?
違う。成瀬を模倣したところで、それは脱構造にはならない。この小説は、成瀬は模範解答じゃない。大事なのは「誰にも似ないこと」だ。
仕事が楽しくない、わからないことだらけなのにだれも面倒を見てくれない、なにが正解かわからなくて人間関係がうまく築けない、失敗が怖くてなにも行動に起こせない、目標が見いだせずモチベーションが上がらない。いまの私はこんな有様だ。この行き場のない気持ちの出口をずっと探していた。でも、たまたま開けた穴から、成瀬の姿が見えて、光が差し込んだ。こんな状況で、『成瀬は天下を取りに行く』を読むという行動を起こした私にしか分からない感情だ。
仕事も恋愛も、一般論に当てはめて考えていた。こういう時はどうしたらいいんだろうと、模範解答を探していた。でも、一般論なんかに私が当てはまる訳がない。私と同じ人なんてどこにも存在しないから。
成瀬を見ていて、とても幸せそうだと思った。それは、成瀬が自分軸で行動していたから。私は自分で決めたことを行動に起こすことが幸せだと思う。そこに他人を納得させるような理由や動機など必要ない。自分の心のささやきにもっと耳を傾けようと思った。もっとも、成瀬は心にメガホンが付いていて、頭のてっぺんからつま先まで爆音の声が駆け巡ってる、みたいな感じだったけど。
成瀬のことは、遠い土地に離れていて会うことはできないけれど心が繋がっている友達、そんな風に感じる。成瀬が今日もどこかで成瀬らしく生きていると思うと、勇気が湧いてくる。
仕事に行きたくないと感じることは悪いことでもない。正解がわからないことは悪いことでもない。考え込むことは悪いことでもない。そもそもすべてにおいて、良い悪いなんてない。私が思ったんだから、それが私の思いだ。ただそれだけ。だから、自分の行動を良い悪いで判断したくない。これは私が私のために決めたこと。人の目なんて気にせずに、自分のペースで色々試してみたいと思う。
成瀬には余裕があった。成瀬は本当に人生200年換算で生きていた。人生を200年だと考えると、確かにとても気が楽になる。何カ国でも何回でも旅行に行ける。仕事なんて、いつでも変えられる。1年くらい無駄にしたって、あと199年分残っている。結婚も何回もできるかも。飽きたら離婚すればいい。一人の人から嫌われようとどうってことない。200年間で、どれほどの人と交流できるか。
好奇心に忠実な奔放さは、200歳という突拍子もない目標ゆえのものだと思う。やっぱりああいう人が、200歳まで生きるのだと思う。
ってこんだけウダウダ感想を述べたところで、成瀬は「そうか。ありがとう。」としか言わなさそう。そういう所、めっちゃかっこいい。
(でも私は、そんな成瀬がいつものルーティーンを遂行できなくなるくらい動揺させる島崎って、どんだけスゲーんだと、めちゃくちゃ気になってしまった… モブキャラだと思ってた島崎が1番凄まじいかも。あんなにぶっ飛んでる人の隣にい続けることのできる精神力、誘われたら受け入れて一緒にやってみる柔軟性、成瀬に劣等感を抱かない自尊心… 成瀬と島崎、お姉ちゃんと私みたいだな。私は島崎みたいに、相手と自分を切り離せなかったけど。)
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