【泥舟勝克の証言】

「例のドスのことなんだがな探偵。一つ、耳に入れておきたいことがある。……あの夜、法比古が酔いつぶれた鰐飛を介抱してる時に、ベルトに挟んでたドスを抜いたように見えたんだよ」

――碧居が?

「もちろん俺も酔ってたからな。見間違いかもしれない。ただ……店回りに行こうと言い出したのも法比古だったんだ。あいつは下戸で、俺たちを飲みに誘ったことなんか一度もないのにだぜ?」

――録音の中でアンタが言ってた『例の噂』ってのはなんだ?

「三代目は腕太を自分の後継者にしようとしていたらしい。誰が言い出したのか知らんが、あの子は――」

――望月さんの息子なんじゃないか、そう思われてたんだろ?

「……鋭いな」

――あの目を見たら誰でも思う。望月さんと同じ、グレーの瞳をな。

「三代目には昔、長く一緒に暮らしていた女がいて、結婚してこの稼業から足を洗おうとまで考えていたらしい。だが結局、組を継ぐことになって女の方から身を引いたんだそうだ。家族ってのはヤクザにとっては弱みにもなりかねないからな」

――その女との間にできた子が、今になって現れたと?

「あるいは、な。その話を聞いたのもずいぶん前の話だ。もう女の名前も忘れちまったよ」

――家政婦に事情を聞きたいと言った時、碧居があんな風に食ってかかってきたのはなぜだ?

「ああ。彼女は腕太の世話をさせるためにと、三代目が最近雇ったんだが、紹介したのは法比古なんだ。友達の妹だとかで、勤め先を探していたらしい。……どうやら法比古は、あの子に惚れてるらしいんだな」

――そういうことか。

「ま、あの時彼女はこの屋敷に居なかったんだから犯行は不可能だ、って言い分は理解できるがな」

――例えば、家政婦に限らないが誰かが停電に乗じてこっそり現場を出入りした可能性はないのか?

「難しいだろうな。応接室の入り口は正面のドアひとつきりで窓もない。野呂井がブレーカーを上げに行った間も、ずっと小浦が部屋の前にいたから入るのは不可能だし、ドアが開けば音で気づく。それにあの通り、テーブルとソファしかない部屋だ。身を隠す場所もない」

――なるほど。ありがとう、参考になった。

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