Chapter:Ⅶ【真相2】
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「望月さんが疑っていたとしたら、それはアンタだろうな――泥舟さん」
あなたが指さすと、泥舟は強ばった笑みを浮かべる。
「なんの冗談だ、探偵」
「冗談じゃないさ。今夜、この屋敷に着いて応接室に通されてから、望月さんが死ぬまでの間に席を立ったのは腕太くんを除けばアンタだけじゃないか。『レ・ヴィオレッテ』が屋敷に届いたのは今日の昼すぎ。アンタらは三人とも、今日は午前中から新年会やらゴルフやらで外に出ていたから、事前に屋敷に忍び込んで毒を混ぜるのは不可能だ」
「だとしても、だ。ワインセラーにある大量のボトルの中から、今夜、三代目が振る舞おうとしている一本を当てるなんて不可能だろう」
「いいや。ヒントは十分にあった。碧居に聞いたんだが、望月さんが選ぶワインは、毎回その日にちなんだものだそうだな。アンタら幹部は今夜、望月さんが腕太くんを後継者に指名するんじゃないかと予期していた。『レ・ヴィオレッテ』、ヴィンテージは2005年。つまり、2022年の12月に17歳になった腕太くんの生まれ年だ。そして、録音の中で泥舟さん自身が言ったように、”Le violette”はフランス語で『すみれ』だ」
腕太が息を呑む。「……僕の母の名前です」
「そう。かつて望月さんが結婚を誓い合い、店の開業資金まで用意しながら別れてしまった女性の名前さ。つまり、あのワインは腕太くんを祝福するために用意された一本だった。それに気づけば、500本の中からあれを探し出すことは不可能じゃない。――死ぬ間際の数秒間で望月さんがそこまで考えられたかは疑問だが、こんな言葉もある。『死の直前の比類のない神々しいような瞬間、人間の頭の飛躍には限界がなくなる』……とね」
泥舟の両隣りに立っていた鰐飛と碧居が、化け物でも見るような目をして後ずさる。
部屋を見渡し、泥舟は哀願するように言った。
「勘弁してくれよ。お前は本気で、俺が三代目に毒を盛ったと思ってんのか?」
沈黙。静寂。張り詰める緊張。
それを破ったのは――あなたの失笑する声だ。
「……そんな訳ないだろ。アンタは何もやってない。いや、誰も望月さんに毒なんて盛ってないんだ」
あなたの言葉に、碧居が困惑したように首を振る。
「で、でもっ、それならなんで組長はそんな勘違いを?」
「舞目路さん。フランス料理店にお勤めだったあなたならわかるはずだ。望月さんが飲んだのはフランスの赤ワイン、そして彼は卵アレルギーだった」
「――コラージュ?」
舞目路が、ハッとしたように口許を押さえる。彼女が呟いた言葉に、鰐飛が反応する。
「コラージュってなんや? えっちなやつか!?」
「あっ。あの、日本語では『清澄』と呼ばれる作業です。フランスの伝統的な製法では、色が美しくまろやかな赤ワインを作るために熟成中の樽に卵白を注いで濁りを取る工程があるんです。卵白に含まれるアルブミンが、ワインのタンニンと結びつきやすい性質を利用してるんだそうです」
「コラージュに使われた卵白の成分は、その後の濾過作業を経てもワインの中にごく微量が残留している場合がある。卵アレルギーの患者には十分、影響を与えるに足りる量がな。……望月さんはそんなワインを飲んだことで、アナフィラキシーを発症したんだ。呼吸困難、急激な血圧の低下、意識障害。彼はそれを、毒を飲まされた結果だと誤認した」
あなたが言葉を切ると、再び場は沈黙に沈んだ。それも先ほどと違い、呆れてものも言えないといったような――
「……じゃあ今夜起こったことは全部が全部、組長の独り相撲だったってわけですか」
碧居がぼやく。泥舟が、ソファに身を沈めて笑い出す。へたり込んだままの鰐飛が、苛立たしげに床を殴った。
「なんじゃい望月のやつ! ワシのことをハメようとしくさりおって! そないに大事か!? 息子が! 家族が! ……家族、が」
鰐飛は顔を上げた。その視線の先には腕太がいた。睨まれたと思って目を伏せる腕太に、鰐飛がかけた声は存外に優しかった。
「疑って悪かったの、ガキ」
「えっ……あ、いえ」
戸惑っている腕太に、鰐飛はばつ悪そうに言う。
「さすがに組を譲るっちゅうんは認められんがな、望月のアホがお前のために遺したこの家も、ゼニコもお前のもんじゃ。好きに使こたらええ。それに、極道もんなんかそっちから願い下げじゃろうが、何か困ったことがあったら力になるで。のう勝克、法比古」
「らしくないこと言うじゃねえか、アニキ」
泥舟に茶化され、鰐飛は顔を赤くした。
「じゃかましいわ。あのアホのやったことがなんもかんも勘違いの思い込みの独り相撲やったとしてもや、最期の最期で自分の命張ってでも息子を守ろうっちゅうその心意気だけは本物じゃけぇの。そればっかりは否定できんわい」
やれやれ。あなたはため息をつく。やはりヤクザの理屈はよくわからない。
「こうなったら今夜は酒盛りや! 一晩中、望月のドアホの悪口を聞かせてやるさかい覚悟しいや。碧居、ワインセラーから高い順に持ってこい! ええよな、腕太」
「……ええ」
なぜか腕太も、舞目路も嬉しそうな顔をしている。碧居が皮肉に唇を歪めた。
「甘いお酒しか飲めないくせに」
あなたはいよいよついていけないと、この大団円から抜け出すことにした。
「報酬はいつもの口座に振り込んでおけよな! 深夜料金20%増し、休日出張料金30%増しだからな!!」
おそらくは誰も聞いていないだろう捨て台詞を残し、あなたはドアを閉める。
オンライン事件捜査ゲーム「闇の中の五人」 END
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