Chapter:Ⅵ【真相】
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「この事件には犯人なんていないんだ。望月十五は、隠し持っていたドスで自分で喉を裂いて死んだんだ。自らが仕掛けた停電のさなかにな」
あなたの言葉に、幹部たちはざわめく。鰐飛が狼狽したように食ってかかる。
「自殺やったっちゅうんか? そんな訳あるかアホ! しかもなんや、停電も望月の仕業や言うて、どういうことじゃ」
「望月さんが最近、買い替えた三種類の家電製品には共通点がある。オーブンレンジ、炊飯器、食器洗い乾燥機。いずれも消費電力が高く……そして予約タイマー機能を有する機種だということだ」
舞目路は、この屋敷は電気の契約アンペア数が足りなくてすぐブレーカーが落ちると証言していた。
タイマーを同じ時刻に設定し、すべてが同時に起動するようにすれば確実に停電を起こすことができたはずだ。
「停電が人為的なものなら、それが可能だったのはそれらの家電を選んで揃えた望月さんだけだ。屋敷の住人なら、事前の予行演習もいくらでもできたろうしな。舞目路さんを帰らせたのは、不自然なタイマー予約を怪しまれないようにだ」
「でも、組長は一体なんのためにそんなことを?」
呟くように言った碧居を指さし、あなたは微笑む。
「そう、それが重要だ。なぜ、望月さんは停電を起こしたのか。そしてなぜ、碧居さんに命じて盗ませた鰐飛さんのドスを隠し持っていたのか……」
「おい待て、こら法比古! お前やったんかワシのドス盗んだんは!?」
騒ぐ鰐飛を無視してあなたは続ける。
「簡単なことだ。望月さんは停電に乗じて誰かを刺そうとしてたんだ。では、ターゲットは一体、誰だったのか」
「まっ、まさかワシか!? わかったで! 腕太に跡目を継がすために、邪魔になったワシを葬り去ろうとしとったんやな! ひどい! ひどすぎる十万石饅頭!」
「……ある意味では当たりだよ鰐飛さん。なぁ泥舟さん、望月さんは普段着用する習慣のない防刃チョッキを、なぜか今日に限って着込んでいたな」
泥舟が眼鏡の奥の目を見張る。「まさか」
他の連中も、ややあってあなたが何を言おうとしているのか理解したらしい。絶句し息を呑む音が、さざ波のように広がる。
「そう。望月さんが刺そうとしていたのは自分自身だ。彼はこんな筋書きを用意していたのさ。『望月さんが腕太くんを後継者にすると宣言し、自分が跡目を取れないことに腹を立てた鰐飛さんはその時、偶然起こった停電に乗じて望月さんを刺し殺そうとした。だが、望月さんは防刃チョッキを着用していたために助かった』……そうなれば鰐飛さんは殺人未遂犯。組を追われるどころか刑務所行きだ」
鰐飛はへなへなとその場に座り込んだ。
「あの外道、そないなことを……」
「本来なら跡目を継ぐはずの若頭のアンタを抹殺できて、組内のアンタを推す勢力も黙らせられる。その上、自分には同情が集まるんだ。望月さんにとっちゃ分の良い賭けだったのさ。これが『起こらなかった事件』だ。――だが、彼にとって予想外の事態が二つ、起きてしまった」
あなたはピースサインをするように指を二本立てる。
「一つは、腕太くんがワインを持って来るのに想定よりも手間取ったために、彼を後継者にすると宣言する前にブレーカーが落ちてしまったこと。そしてもう一つ……暗闇の中で、望月さんは不意に、命の危機を感じるほどの息苦しさを憶えた。彼の口から呻き声が漏れる。望月さんは察した。誰かが、ワインに毒を盛った――とね」
「ワインに毒が!?」
腕太が、悲鳴のような声を上げる。あなたは頷き、
「望月さんは薄れゆく意識の中で考えた。ここで、ワインに混ぜられた毒で自分が死んだらどうなるか。真っ先に疑われるのは、ワインを運んできた腕太くんだ。他の三人は、どのワインを望月さんが指定するか知らなかったし、会議室にボトルが運ばれてきてから誰も触ってすらいないんだからな。望月さんは思った。死ぬ前にどうあっても腕太くんを守らなければならない。だから彼は――毒で死ぬ前に自らの喉を掻き切って、『毒殺事件』の存在自体を有耶無耶にしようとしたのさ」
組の不名誉になるような死は表沙汰にならない。望月自身も理解していたはずだ。彼の事件を警察が調べることはない。
だから、一目でわかる「死因」をぶら下げておけば、それ以上詮索されることはない、と。
「で、でも……」
碧居が、震える声であなたに反駁する。
「一体誰が、組長に毒を盛ったって言うんですか。探偵さんの言うとおり、俺たちは誰も、ワインが運ばれてきてからボトルに手を触れてすらいないんですよ?」
「望月さんが疑っていたとしたら、それは――アンタだろうな」
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